風吹ジュンの若い頃の画像が美人!元夫の川添象郎は現在も恋人?
現在は二人の孫をもつおばあちゃんとなった風吹ジュンですが、「若い頃の画像が美人過ぎる」と話題になっています。実際に画像を見てみると、若い頃の風吹ジュンはエキゾチックな顔立で、一見するとハーフのようにも見えます。ハーフ顔メイクが流行している現代でも十分通用するビジュアルです。美人で人気もあった風吹ジュンですが、若い頃は波乱万丈な人生を歩んでおり、結婚でも苦い経験をしています。そこで、風吹ジュンの若い時の美人画像と波乱万丈な人生、現在の元夫との関係についてご紹介します。
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風吹ジュンの若い頃の画像が美人すぎる!

ドラマや映画、CMなどで活躍する現在の風吹ジュンは、「きれいなお母さん」というイメージを持っている人が多いのではないでしょうか。風吹ジュンは60歳を超えているとは思えない美貌の持ち主ですが、「若い頃の画像が美人過ぎる」とTwitterなどで話題となっています。今回は、風吹ジュンの若い頃の美人画像と波乱万丈だった人生、元夫との現在の関係について迫ってみたいと思います。
風吹ジュンのプロフィール

風吹ジュンの本名は川添麗子。元夫の川添象郎とは現在離婚していますが、名字は変えていないようです。生年月日は1952年5月12日。60歳を超えても美しく、どこか可愛らしさを感じさせる風吹ジュンですから、「若い頃の画像が美人過ぎる」と言われてもそれほど驚かないかもしれません。1973年に芸能界入りし、1974年に歌手デビュー。現在の所属事務所はパパドゥとなっています。
苦労の連続!風吹ジュンの若い頃のエピソード

最近は二人の孫ができて幸せいっぱい風吹ジュンですが、実は風吹ジュンの若い頃は苦労の連続だったと言います。風吹ジュンの両親は、風吹ジュンが5歳の時に離婚しており、父親とは長年生き別れのような状態でした。母親に引き取られた形となった風吹ジュンですが、その後の人生はまさに波乱万丈と言っていい人生でした。
中学二年生の時母親に育児放棄される

幼いころに両親が離婚すると風吹ジュンは母親に引き取られますが、風吹ジュンが中学2年生になる頃母親の育児放棄にあったと言います。当時風吹ジュンは富山県に住んでいたのですが、母親に「養えない」と宣言され学校の友達に別れの挨拶すらできずに学校を去ることになります。

京都にいた兄を頼って、兄の元で暮らすことになった風吹ジュン。家事は風吹ジュンがこなしていたと言います。まだ中学生の女の子が学校に通いながら家事をしていたのですから、友達と遊ぶ時間などなかったに違いありません。しかし両親がいない子供にとって、生きるためには嫌だとも言っていられません。そうは言っても、子供にとってかなり過酷な状況だったでしょう。
担任教師の家に居候したことも

転校してしばらくは兄と暮らしていた風吹ジュンですが、担任の教師に両親と住んでいないことを指摘されます。「明日から俺の家に来い」と言われ、その担任教師の家で居候を始めることになります。風吹ジュンは屋根裏部屋を与えられ、部屋の壁を黄色く塗るなど自由に過ごしていたようです。

風吹ジュンはその当時のことを「すごく楽しかった」と明るく語っていまが、母親に育児放棄された少女の心中は実は複雑だったのではないでしょうか。風吹ジュンはお世話になった担任教師の家を出る時、父親からもらった七段の雛飾りをお礼として渡したそうです。
18歳で上京!若い頃はホステスをしていた風吹ジュン

中学校を卒業した風吹ジュンは、住み込みの仕事をしたり友達の家を手伝うなどして生活をしていたそうです。高校に進学する意思はあったようですが、高校入学の2次試験当日母親の再婚を知り、なぜか受験を放棄しています進学より働くことを選んだ風吹ジュンは、18歳の時上京します。
銀座のクラブで働いていたときスカウトされ芸能界入り

18歳で上京した風吹ジュンは、銀座の高級クラブでホステスとして働き始めます。風吹ジュンは「若い頃の画像が美人過ぎる」と話題になるほどですから、ホステスの中でも群を抜いて美人だったのではないでしょうか。その証拠に、風吹ジュンはクラブで働いているところをスカウトされ、芸能界に入ることになったのです。
風吹ジュンの芸名の由来

風吹ジュンの旧姓は堀川麗子。芸名とは全然違う名前ですが、では「風吹ジュン」という名前はどこから付けられたのでしょうか。風吹ジュンという芸名の由来は、風に吹かれたように出てきたから「風吹」、「ジュン」は語呂がいいからということで命名されたと言います。
初代ユニチカマスコットガールで芸能界入り

風吹ジュンが有名になったのは、初代ユニチカマスコットガールに選ばれたのがきっかけです。手塚里美や紺野美沙子、米倉涼子など多くの有名な女優が選ばれたことで知られるユニチカマスコットガールは、芸能界の登竜門ともいえるコンテスト。風吹ジュンはその初代マスコットガールに選ばれたのです。
美人過ぎる!風吹ジュンの若い頃の画像

ネットやTwitterなどのSNSで「風吹ジュンの若い頃の画像が美人過ぎる」と話題になっています。風吹ジュンは現在も60歳を超えているとは思えない美貌の持ち主ですから、若い頃美人だったというのは納得の事実といえます。それでは、実際に風吹ジュンの若い頃の美人画像を見ていきましょう。
Twitterで「若い頃の風吹ジュンの画像がかわいい」と話題に

現在でも美しい風吹ジュンですが、若い頃の画像がかわいすぎるとTwitterなどのSNSで話題となりました。これが40年以上昔の写真とは驚きですが、現在でも十分アイドルとして活躍できる容姿です。
このヘアスタイルも風吹ジュンの雰囲気によく合っていて、とてもかわいいです。このまま今のファッション雑誌に登場してもおかしくないくらいおしゃれで洗練されています。
若い頃はハーフ顔だった風吹ジュン

最近のはハーフ顔に見せるメイクが流行しています。眉毛を太くしたり、カラコンを入れてハーフ顔を演出している人も多いでしょう。しかし風吹ジュンがアイドルとして活躍していた時代はカラコンなどなかったでしょう。普通のメイクだけでこれだけのハーフ顔になる風吹ジュンを、羨ましいと感じる人は多いのではないでしょうか。

風吹ジュンの健康的な雰囲気や、少し日に焼けた肌もハーフっぽく見える理由の一つでしょうか。上の画像を見ると、まるで本物のハーフのように見えます。風吹ジュンの魅力が良く表現されている写真と言えるでしょう。
アヒル口の元祖は風吹ジュンだった?

アヒル口は可愛らしいイメージをアピールできるので、あえてアヒル口を作るという女性も少なくないでしょう。しかしわざとらしいアヒル口は逆効果になるので、やりすぎると男性に引かれる可能性があります。この画像の風吹ジュンの自然なアヒル口は、まさに理想的と言えます。
トラブル続きだった若い頃の風吹ジュン
1973年に初代ユニチカマスコットガールに選ばれ芸能界入りし、翌年の1974年に歌手デビューした風吹ジュン。とびぬけたルックスの良さで、すぐに人気アイドルの座を勝ち取りました。ところが風吹ジュンはデビュー当時からトラブルが絶えず、誘拐事件に巻き込まれたり仕事をすっぽかしてトラブルに発展するなど問題を起こす女優としても有名でした。
誘拐騒動!若い頃の風吹ジュンのスキャンダル

風吹ジュンは若い頃、誘拐事件に巻き込まれたことがあります。事件が起きたのは1974年9月12日。番組の収録を終えた風吹ジュンが、テレビ局の前で複数の男に連れ去られてしまいます。パトカーが20台出動する騒ぎとなりましたが、風吹ジュンは深夜部保護され、一緒にいた裏組織の関係者は逮捕されたと言います。

誘拐を否定した風吹ジュンですが、この事件の裏には風吹ジュンの移籍に関する事務所問題が絡んでいました。もともと所属したいた事務所の給料に不満を抱いていた風吹ジュンは、少しでも給料を多く払ってくれる事務所に入ろうと三重契約を交わしていたと言われています。そこ裏組織に通じている関係者が絡んでいたため、問題が大きくなってしまったのです。このトラブルで、風吹ジュンのイメージは大幅にダウンしてしまいます。
事務所問題で収録をすっぽかす?

誘拐騒動も収まり徐々に人気を取り戻しつつあった風吹ジュンですが、1976年にふたたび事務所問題でトラブルを起こします。出演するはずだった番組をすっぽかした風吹ジュンは、「失踪事件」と大きく取り上げられました。この事件の真相は、風吹ジュンが事務所から独立したにもかかわらず、事務所側が風吹ジュンの出演を勝手に決めたというものです。

風吹ジュンサイドによると、事務所との契約は1975年9月で切れており、1976年2月以降は事務所を通しての仕事はしないという内容の内容証明を送っていたということです。後に事務所とは和解したそうですが、風吹ジュンの出演を楽しみにしていたファンを裏切る形になってしまったことは否めないでしょう。
若い頃の風吹ジュンの代表作は?

風吹ジュンが出演した作品で有名なのは、映画「蘇る金狼」です。当時の人気俳優である松田優作と共演したこと、風吹ジュンが事務所トラブルを起こした後に出演した作品だったことで多くの注目を集めました。また風吹ジュンがこの映画で一糸まとわぬ姿を披露しており、大きな話題となりました。
風吹ジュンの元夫は有名音楽プロデューサー

風吹ジュンは1981年に、音楽プロデューサーとして活躍していた川添象郎と結婚します。名門の出で、各界に広い人脈を持っていたという川添象郎は、音楽プロデューサーとして松任谷由実、YMOなど数多くのアーティストを世に送り出した天才音楽プロデューサーと言われています。

川添象郎は、青山テルマの「そばにいるね」のプロデューサーとしても知られ、この曲は「日本で最も売れたダウンロード・シングル」としてギネス認定されています。
多彩な才能を持つ元夫・川添象郎

風吹ジュンの元夫である川添象郎は天才音楽プロデューサーとして有名ですが、その才能は音楽だけにとどまりません。海外ファッションブランドの店舗プランニング、テレビ番組のプロデュースなど多方面で活躍するマルチプレイヤーなのです。
破天荒な夫に振り回された若い頃の風吹ジュン

風吹ジュンの元夫・川添象郎は多彩な才能の持ち主として知られていますが、一方で私生活について悪評が高いことでも有名です。一つは浮気癖があること、もう一つは警察のお世話になったことがあることです。川添象郎はかなり女癖が悪かったらしく、風吹ジュンとの結婚は川添象郎にとって3度目の結婚でした。前妻と別れた理由は明かされていませんが、女性関係が絡んでいる可能性は高いでしょう。

もう一つの警察関係の事件ですが、薬の所持、暴行、窃盗などさまざまな罪で逮捕されたことがある川添象郎。特に薬に関しては繰り返し逮捕されているようです。風吹ジュンと結婚したあとも2回もその報道があり、かなり破天荒な夫に振り回されていたと想像できます。
夫の浮気が原因で離婚した風吹ジュン

風吹ジュンが元夫・川添象郎と離婚したのは、夫の浮気が原因だと言われています。相手は一般女性ですが、林真理子の小説の主人公のモデルになったと言われる人物です。この交際について、風吹ジュンは当初から知っていたと言います。
「結婚は就職と同じ」と我慢し続けた10年間

度重なる夫の警察沙汰、浮気に対して風吹ジュンはかなり頭を悩ませていたようです。風吹ジュンは自分自身が辛い子供時代を過ごしたことから、自分の子供には同じ思いをさせたくないという思いが強かったのでしょう。「結婚は就職と同じ」と自分に言い聞かせながら、夫の振る舞いに耐えたと言います。
夫の愛人の妊娠をきっかけに離婚を決意

やがて夫は家を出ていき、愛人との同棲を始めます。風吹ジュンと夫の愛人が直接話し合ったこともあったようですが、愛人が川添象郎の子供を妊娠したことで、風吹ジュンは夫との離婚を決意します。元夫・川添象郎は愛人と4度目の結婚をしましたが、また他に愛人を作り結局離婚したそうです。川添象郎はかなり破天荒な男性のようですが、なぜかこういう男性がモテるというのも事実なのです。
元夫・川添象郎と風吹ジュンの現在の関係は?

1992年に元夫・川添象郎と離婚した風吹ジュン。「結婚したら一生添い遂げるもの」という信念のもとに、夫が警察沙汰になっても、夫に愛人ができても目をつぶってきました。結局愛人の妊娠が発覚して離婚に至るのですが、我慢の連続だった結婚生活は風吹ジュンにとって決して楽ではなかったはずです。
夫に対して若い頃の恨みはないと語る風吹ジュン

1981年に結婚してから苦労と我慢の連続だった結婚生活ですが、夫と離婚した今、「恨みもつらみも何もない」と語る風吹ジュン。「あの時代がったから現在がある」と、元夫・川添象郎に対して「ありがとう」という気持ちでいるそうです。風吹ジュンの中で、元夫・川添象郎は過去の人としてきちんと割り切っているということでしょうか。
元夫との離婚以降は再婚していない風吹ジュン

1992年に元夫・川添象郎と離婚した風吹ジュンは、現在に至るまで再婚していません。その理由は明かされていませんが、元夫・川添象郎との結婚生活に疲れ切ってしまったのかもしれません。しばらくは育児に専念して男性との噂もなかった風吹ジュンですが、最近になって恋人の存在を明かし話題となりました。
子供は何人?芸能界で活躍しているという噂は本当?

風吹ジュンには男女一人ずつ、二人の子供がいます。「風吹ジュンの息子は俳優?」という噂もありましたが、そういう事実はなく一般人として仕事をしているようです。
風吹ジュンの子供の顔・年齢は非公開

風吹ジュンの子供は二人とも一般人ということで、顔や年齢などは公開されていません。風吹ジュンが結婚した年齢を考えると、二人の子供は30代半ばくらいになっていると考えられます。
長女は結婚して現在アメリカに在住している

風吹ジュンの二人の子供に関しては、名前や年齢はもちろん、学校などについても公開されていません。しかし一部の情報によると、風吹ジュンの長女は芸能人が多く通うと言われている「和光学園」という学校に通っていたと言われています。「はる」という名前で呼ばれていたという情報もあります。
風吹ジュンの長女はアメリカ人と結婚し、現在夫と一緒にアメリカに住んでいるそうです。離れて暮らす娘と連絡が取れるようLINEやFacebookでやり取りしていると言います。
孫が誕生しおばあちゃんになった風吹ジュン

風吹ジュンには二人の孫がおり、テレビ番組で自分がおばあちゃんになったことを報告しています。娘に子供が生まれた時は、アメリカに住む娘の元へ育児を手伝いに行ったそうです。娘の子供は主にアメリカ語を話すため、風吹ジュンは以前から英語の勉強をしていたと言います。
53年ぶりに父親と再会した風吹ジュン

風吹ジュンが5歳の時両親が離婚して以来、父親とは疎遠となっていた風吹ジュン。しかし最近になって父親と会う機会があり、2017年に53年ぶりに父親と再会したそうです。
昔の同級生が父親を探し出してくれた

風吹ジュンが53年ぶりに父親と再会するしたのは、中学校の時の同窓会に参加したことがきっかけでした。同級生の一人が、風吹ジュンと父親が再会できるよう尽力してくれたといいます。53年という歳月がたっていますから父親を見分けるのが難しそうに感じますが、父親の指と足を見て「自分の父親だ」と確信したそうです。

離婚当初、父親は「娘が自分を選んでくれなかった」という思いがあり、自分から風吹ジュンに会いに行くのが難しかったと言います。現在風吹ジュンの父親は幸せに暮らしているようで、風吹ジュンは「いい時に会えた」と語っています。
現在の彼氏は年下?手つなぎデートのお相手は?

1992年の離婚以降、再婚することなく男性との噂もなかった風吹ジュンですが、2014年に一般男性との手つなぎデートの写真がスクープされました。その翌年風吹ジュンは恋人がいることを明かし、そのお相手が2014年に激写された男性ではと言われています。

その後続報は出ていないようですが、子育てがひと段落してやっと恋を楽しめる余裕ができた風吹ジュンの恋を応援する声は多いです。相手の男性は事業をしているということで、風吹ジュンを助手席に乗せて車で出かける姿が度々目撃されているということです。
若い頃の画像が美人の風吹ジュンの人生は波乱万丈だった

不遇の子供時代を過ごし、ひたすら我慢を強いられた結婚時代。「あの時代があったから現在がある」と語る風吹ジュンにもようやく穏やかな幸せが訪れたところ。仕事もプライベートも充実した現在の状態が末永く続くことを願うばかりです。
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