吉永小百合の年齢は?夫・岡田太郎との子供やプロフィール・若さの秘訣も
年齢を重ねても変わらぬ美しさをキープし続けている、日本の大女優吉永小百合。映画のイベントで小学校を訪問した吉永小百合の実年齢を聞いて、小学生ですら驚愕したのだとか。テレビや映画で活躍する女優や俳優は、一般の人に比べて実年齢より若く見える傾向がありますが、その中でも吉永小百合の若さは群を抜いていると言えるでしょう。吉永小百合の実年齢は、一体いくつなのか、その若さの秘密は何なのかについて迫ります。また、夫・岡田太郎との夫婦関係。子供の存在についても調査してみました。
目次
- いつまでも若い!吉永小百合の驚きの実年齢
- 吉永小百合のプロフィール
- 日活の清純派女優として活躍した吉永小百合
- 芸能人にも多い「サユリスト」
- 恋多き女だった?吉永小百合の恋愛遍歴
- 吉永小百合が結婚した年齢は28歳!相手は誰?
- 夫・岡田太郎との馴れ初めは?
- 子供を持たないのは吉永小百合の過去に原因があった?
- 複雑な家庭環境だった吉永小百合の子供時代
- 年齢を重ねるたびに成熟していく吉永小百合の演技
- ライフワークは反戦・反核活動
- 小学生も驚いた!吉永小百合の実年齢
- 年齢を感じさせない吉永小百合の若さの秘訣とは?
- 洗顔へのこだわりが年齢を感じさせない若さの秘訣!
- 「絶対整形していない女性芸能人」に選ばれる
- 水泳で年齢に負けない体作り
- 70代という年齢で毎晩腹筋&背筋100回!
- 吉永小百合が実年齢より若い理由は生活習慣にあった
- 若さを保つ秘訣は自分なりの健康法を実践すること
- 年齢を超えた魅力を放ち続ける吉永小百合
いつまでも若い!吉永小百合の驚きの実年齢
吉永小百合は1960年代を代表する人気女優。このことから何となく年齢が想像できますが、現在でも若々しく美しい吉永小百合を見ると50年以上前から活躍している女優だということが信じられないという人も多いのではないでしょうか。今回は、吉永小百合の驚きの実年齢とプロフィール、夫・岡田太郎との馴れ初めプロフィール、二人の子供の存在についてご紹介します。
吉永小百合のプロフィール

吉永小百合のプロフィールをご紹介します。本名は岡田小百合。東京都渋谷区の出身です。現在も映画、ドラマなどで活躍する吉永小百合ですが、1960年代当時の人気はすさまじく、吉永小百合のファンは「サユリスト」と呼ばれ社会現象となりました。吉永小百合は、ナイフとピストルを持った熱狂的なファンに自宅で襲われたり、7通もの脅迫状が自宅に送り付けられたこともあると言います。
デビューした年齢は12歳

プロフィールによると吉永小百合が一番最初の登場したメディアは、1957年に放送された連続ラジオドラマ「赤胴鈴之助」です。吉永小百合が初めてテレビに出演したのはこの年の10月、テレビドラマとなった「赤胴鈴之助」で女優デビューを果たしました。つまり吉永小百合の女優デビューは、若干12歳ということになります。

吉永小百合は、プロフィールによると12歳から13歳の間ボイストレーニングのためにひばり児童合唱団に通っていたと言います。ひばり児童合唱団は、日本を代表する合唱団として有名です。吉永小百合は団員ではなく個人レッスン受けていたそうですが、その姿が創設者に注目されることとなり松竹に紹介されるきっかけとなったと言います。
歌手としても活躍した吉永小百合

吉永小百合は映画やテレビで活躍する女優というイメージが強いですが、歌手としても活躍していましたというプロフィールもあります。歌手としてのプロフィールは、1962年に「寒い朝」で歌手デビューし、同曲は20万枚を売り上げるヒット曲となりました。同年には橋幸夫とのデュエット曲「いつでも夢を」をリリースし、30万枚を売り上げる大ヒットに。この曲で第4回レコード大賞を受賞しました。
吉永小百合の兄弟と年齢は?

吉永小百合には姉と妹がいます。二人とも一般人であるため、顔の画像やくわしいプロフィールなどは公表されていません。一部の情報によると、吉永小百合の姉は5歳年上で東京都庁に勤めていたそうです。この姉は東京都教育大学出身だということです。妹は2歳年下で、職業や出身大学についての詳しいプロフィールや情報は無いようですが、妹も有名な大学を卒業しているということです。

プロフィールによると吉永小百合は女優業と並行して早稲田大学に通い、次席で卒業しています。文学士の称号も持っているということですから相当頭がいいと言えます。吉永小百合の父親は東大法学部卒業出身というプロフィールがあり、家族そろって秀才だったということになります。
日活の清純派女優として活躍した吉永小百合

吉永小百合は1959年に映画「朝を呼ぶ口笛」に出演し、これが初めての映画出演となりました。プロフィールによると吉永小百合は、1960年に東京都立駒場高等学校に入学すると同時に、日活撮影所に入社します。東京都立駒場高等学校は当時難関と言われた学校。女優業とハイレベルな学業との両立が難しくなったのか、1961年に私立精華学園女子高等学校に転入しています。

吉永小百合は高校在学中から女優として活動するとともに、歌手としても活躍していました。学業と芸能活動を両立するのは非常に大変だったのではと想像できます。プロフィールにある通り吉永小百合はまだ高校生。まだ遊びたい盛りの年齢と言えますが、当時の吉永小百合には遊ぶ暇などなかったのではないでしょうか。
映画「キューポラのある街」でヒロイン役に抜擢される

吉永小百合のプロフィールが世間に広く知られるようになったのは、映画「キューポラのある街」にヒロイン役で出演したことがきっかけです。この映画への出年賀評価され、吉永小百合はブルーリボン賞主演女優賞を受賞しています。この時吉永小百合は17歳で、この時点で最年少の受賞でした。この映画出演をきっかけに、吉永小百合の知名度は一気に上がりました。
浜田光夫と吉永小百合の名コンビ

映画「キューポラのある街」で吉永小百合と共演した浜田光夫は、これ以降の多くの映画で吉永小百合と共演しています。二人がコンビを組んで出演した映画は、「泥だらけの純情」「愛と死を見つめて」などの純愛路線で、爆発的な人気を集めました。二人が共演した映画は、実に44本にも上りました。
芸能人にも多い「サユリスト」
20代、30代の頃の吉永小百合の人気はものすごく、吉永小百合を慕うファンは「サユリスト」と呼ばれました。吉永小百合のファンは一般人だけでなく芸能界でも多く、タモリのサユリストぶりは有名です。タモリは吉永小百合と同じ早稲田大学の出身で、ずっと吉永小百合のファンだったのだとか。自身の番組「笑っていいとも」の最終回にゲストとして吉永小百合が出演したことが話題となりました。
恋多き女だった?吉永小百合の恋愛遍歴

清純派女優として絶大な人気を誇っていた吉永小百合は、会社から恋愛禁止令が出されていたと言います。吉永小百合の清純なイメージを保つためには必要なことだったのかもしれませんが、一番恋愛したい時期だった吉永小百合にとっては守るのが難しかったのでしょう。吉永小百合は有名俳優と結婚間近と言われる仲になったこともあり、本人も本気で結婚するつもりでいたそうです。
渡哲也とは周囲も公認の仲だった

吉永小百合は、渡哲也と恋愛関係にあったと言います。二人の出会いは、映画「愛と死の記録」で共演したことがきっかけ。共演するはずだった浜田光夫がケガをしてしまったため、代役として渡哲也が抜擢されたそうです。この映画には吉永小百合と渡哲也のラブシーンもあり、それが二人の恋心に火をつけたのかもしれません。
親しい仲間内の間で渡哲也は吉永小百合のことを「うちのカミさん」と呼び、二人の仲は業界では公認となっていたそうです。二人は本気で結婚するつもりだったようですが、吉永小百合の両親が「あんなモテる男じゃ、お前が苦労する」と二人を別れさせようとします。結局吉永小百合は両親に説得されて渡哲也との結婚をあきらめ、二人は破局したと言います。
吉永小百合は石坂浩二にもアプローチしていた?

吉永小百合は、俳優の石坂浩二にも恋心を抱いていたようですが、こちらは恋愛関係に発展することはありませんでした。石坂浩二にとって吉永小百合は妹のような存在で、女性として見ることができなかったようです。石坂浩二によると、何度か食事に行ったことはあるようですが、交際という感じではなかったと言います。まだ若かった吉永小百合は、恋に恋するタイプだったのかもしれません。
吉永小百合が結婚した年齢は28歳!相手は誰?

吉永小百合は28歳の時、電撃結婚を発表します。人気絶頂だった時期の吉永小百合の突然の結婚に、全国のサユリストたちは嘆き悲しみました。しかもその相手が、テレビプロデューサーとはいえ吉永小百合よりかなり年上の中年男性で、しかもバツイチでした。「なぜ人気女優の吉永小百合とこの男性が」という声も多く聞かれました。
夫との年齢差は15歳

吉永小百合の夫・岡田太郎のプロフィールをご紹介します。岡田太郎は、当時テレビプロデューサーでした。1973年吉永百合子が28歳の時結婚し、夫の岡田太郎は吉永小百合の15歳年上だったと言います。当時は年の差婚はまだ珍しい時代でしたから、二人の年の差が大きな話題となりました。岡田太郎は吉永小百合と結婚後、「共同テレビジョン」の社長、相談役に出世しました。
夫・岡田太郎との馴れ初めは?

吉永小百合の結婚を知って、女優として人気絶頂だった吉永小百合と、一介のテレビプロデューサーでは釣り合わないと思った人は多いのではないでしょうか。特に吉永小百合のファンであるサユリストは、かなり納得がいかなかったでしょう。人気女優吉永小百合とテレビプロデューサーの岡田太郎の出会いとはどのようなものだったのでしょうか。
心身ともに疲れた吉永小百合を支えた岡田太郎

吉永小百合が夫の岡田太郎と出会ったのは、ちょうど吉永小百合が渡哲也と破局した時期と重なります。渡哲也との破局で両親との関係が悪化してしまい、失恋の痛手と両親との不仲、更に多忙すぎるスケジュールのせいで吉永小百合はかなりストレスフルな状態だったようです。

精神的なストレスと肉体的な疲労が重なって、吉永小百合は声帯に異常をきたし声が出なくなってしまったと言います。岡田太郎はそんな吉永小百合に親身になって相談に乗ってあげたり、一緒に治療法を探してくれたりしたそうです。努力の甲斐あって吉永小百合は声を取り戻し、それ以来岡田太郎に信頼を寄せるようになったそうです。
年齢差が原因?吉永小百合の両親が結婚に猛反対

詳しい理由は語られていませんが、吉永小百合と岡田太郎の結婚に対して、吉永小百合の両親は猛反対したそうです。もしかしたら、二人の年齢差が15歳あるということも関係あるのかもしれません。岡田太郎自身も結婚を迷ったそうですが、吉永小百合が押し切る形で二人は結婚しました。

渡哲也との仲をりょうしんに引き裂かれ、結婚をあきらめるしかなかった過去を持つ吉永小百合は、「こんどこそ邪魔させない」という気持ちだったのでしょうか。自分の人生の行く手を阻む両親と早く離れたいという気持ちもあったのかもしれません。
子供を持たないのは吉永小百合の過去に原因があった?

吉永小百合と夫・岡田太郎の間には子供がいません。結婚以来二人の不仲説が囁かれることもなく、夫婦仲は順調な二人が子供を持たない理由について様々な憶測が飛び交っているようです。ネット上の噂で「石原裕次郎に梅毒をうつされたため」というものも見かけますが、根拠のない作り話の可能性が高いでしょう。では、吉永小百合が子供を持たないのはなぜなのでしょうか。
女優として厳しくしつけられた吉永小百合

吉永小百合の母親は、女優となった吉永小百合を厳しくしつけていたそうです。「人間である前に女優であれ」と家の中でも笑顔でいることを命じたのだとか。そのため、吉永小百合は子供を産むことで自分の女優生命が終わってしまうのではないかという恐れがあったと言います。その恐れが、子供を持つことにブレーキをかけていたのかもしれません。
複雑な家庭環境だった吉永小百合の子供時代
吉永小百合の落ち着いて優しそうな雰囲気からはあまり想像できませんが、吉永小百合の子供時代は複雑な環境だったようです。父親が事業に失敗し、家庭はかなり貧しい状態になってしまったと言います。米びつに1粒の米もないひがあったり、借金の取り立てが家に押し入ってきたこともあったのだとか。この事実を意外だと感じる人は多いのではないでしょうか。
12歳という年齢で家計を支えることに

吉永小百合は、貧しい家庭を助けようと「新聞配達をする」と言ったそうですが、両親に止められたと言います。吉永小百合はその後ラジオ出演が決まり、その報酬のおかげで家庭の貧困は改善されていったといいます。つまり、吉永小百合は12歳という年齢で、一家の家計を支える大黒柱的な存在となったのです。

母親が吉永小百合を女優として厳しくしつけたのは、このような家庭環境問題が背景にあったのかもしれません。まだ母親に甘えたい年齢の12歳の子供にとっては、大変なプレッシャーとなっていたでしょう。「人間である前に女優であれ」としつけられ、自由な意思を持つことすら許されなかった吉永小百合は母親に対する反発心が強くなっていったと言います。
年齢を重ねるたびに成熟していく吉永小百合の演技

吉永小百合はデビュー以来、清純派の女優として活動を続けてきました。しかし日本の映画界は時代とともに変わり、「清純派」と呼ばれる吉永小百合はももてはやされる対象ではなくなっていきました。それに危機感を感じた吉永小百合は、「青春の門」で大胆な演技を披露し、脱・清純派をはかります。それが功を奏して映画の出演も再び増え始め、テレビドラマへの出演も多くなりました。
清純派から大人の女を演じる女優へ

清純派を脱して大人の女性としての演技が光るようになった吉永小百合。1984年の映画「天国の駅HEAVENSTATION」ではさらに大胆な演技を見せ、三浦友和との濡れ場では「もっと大胆にやってよ」と何度もダメ出しをしたのだとか。吉永小百合の女優魂を見せつけられた三浦友和は、タジタジだったと言います。
ライフワークは反戦・反核活動

吉永小百合は女優としての活動に精を出す傍ら、反戦・反核運動をライフワークとしているそうです。「夢千代日記」で原爆症に苦しむ主人公を演じ、広島を舞台にした「愛と死の記録」に出演したことがきっかけになったといいます。吉永小百合は1986年から反戦・反核運動に力を入れており、ボランティアで原爆詩の朗読会などを行っていると言います。
小学生も驚いた!吉永小百合の実年齢

映画「北の桜守」の主人公を演じた吉永小百合は、桜の名所として有名な奈良県吉野群にある吉野小学校に訪問するイベントに参加しました。小学生と交流する場面で、子供に「何歳ですか?」と聞かれた吉永小百合が素直に年齢を明かすと、子供たちの間から驚きの声が上がったそうです。

現在73歳の吉永小百合ですが、子供から見ても若さを感じる外見だということでしょう。子どもにとって73歳と言えば自分の祖父母より年齢が上かもしれません。自分のおばあちゃんより年上の吉永小百合の若さを目の当たりにして、信じられない気持ちでいっぱいだったのかもしれません。
年齢を感じさせない吉永小百合の若さの秘訣とは?

吉永小百合の実年齢が73歳と聞いて、見た目の若さに驚かない人はいないでしょう。誰でも年齢を重ねればしわが増えたり、顔の針がなくなってくるものですが、吉永小百合はいくつになっても若さを保ち続けています。吉永小百合の昔の画像を見ると、もともと美しいというのもありますが、年齢を重ねても美しさをキープするためにはそれ相応の努力が必要なのではないでしょうか。
2011年にアンチエイジング大賞を受賞

吉永小百合は、2011年のアンチエイジング大賞を受賞しています。アンチエイジング大賞とは、年齢を重ねるごとに魅力を増している、後悔しない人生のために挑戦し続ける40歳以上の男女が選ばれるそうです。年齢を重ねた今も若さを保ち続けている吉永小百合にピッタリな賞と言えます。「豊かな人柄が表れている」と、外面だけでなく吉永小百合の内面を称賛する声も多かったと言います。
洗顔へのこだわりが年齢を感じさせない若さの秘訣!

吉永小百合が美容で気を付けていることは、洗顔だそうです。そのこだわりの洗顔方法がテレビで紹介されたこともあり、かなり洗顔に力を入れていることが知られています。女優という仕事は、しっかりとメイクして仕事に臨むことが多く、撮影が長時間に渡ればメイクをしたまま長い時間を過ごさなければなりません。

仕事が終わった後は、しっかりとメイクを落として肌を休める時間が必要なのかもしれません。また、洗顔にゆっくりと時間をかけることで、ONとOFFの切り替えがしっかりできるというメリットもあるのでしょう。1日の疲れと汚れはその日のうちに落とすというのが、いつまでも若さを保つための秘訣なのかもしれません。
「絶対整形していない女性芸能人」に選ばれる

gooランキングが全国の500人の男女に行ったアンケートで、「絶対整形していないと思う30歳以上の女性芸能人は誰か」というアンケートがありました。これに対し、第3位に吉永小百合が選ばれています。ちなみに第1は仲間由紀恵、第2は深津絵里だそうです。

吉永小百合は12歳の頃からテレビで活躍しており、これまで多くの映画やドラマに出演しています。つまりそれらの画像がすべて残っているということで、整形しているかどうか一目瞭然だということです。昔の画像と今の画像を見比べてみればわかりますが、吉永小百合は常に自然体でとてもいい年の取り方をしているという印象を持つ人が多いでしょう。
水泳で年齢に負けない体作り

73歳の吉永小百合は、今でも水泳を習慣にしていると言います。水泳は普段の生活であまり動かすことがない筋肉を鍛えることができる全身運動で、ダイエットのために水泳を習慣にしているという人も多いでしょう。水泳は有酸素運動であるとともに、筋力トレーニングの効果も期待できます。

水泳で筋力をつけることで基礎代謝量が増加し、ダイエット効果が期待できます。水泳を習慣にしているモデルが多いのは、体型維持のためだと言えるでしょう。水泳は浮力を利用して泳ぐので、ランニングなどの陸上の運動より不可が少なく、年齢を重ねた人や初心者にも向いている運動と言われています。
バタフライで体内年齢を維持

水泳を習慣にしているという吉永小百合は、比較的体力を使うとされるバタフライも難なく泳ぐことができるそうです。73歳でバタフライを泳ぐと聞くと、「ものすごくパワフルな人」というイメージでしょう。吉永小百合は、いつも水着を持ち歩いていて、ロケ先でもプールが近くにあれば泳ぎに行くそうです。吉永小百合の健康の秘訣は、運動で体内年齢の若さを維持していることにあるのでしょう。
70代という年齢で毎晩腹筋&背筋100回!

吉永小百合は映画「北のカナリアたち」のロケに備えて、毎晩食後に30回の腕立て伏せ、腹筋と背筋を100回していたそうです。「スタントマンを使わずに演技したい」という思いから、体力作りに励んでいたのだとか。当時吉永小百合は67歳で、役柄の年齢設定は40歳ですから、そのギャップを感じさせない動きをするための筋トレだったのでしょう。

ロケにはバランスボールを持ち込み、徹底して体力作りを行いました。努力の甲斐あって、子供と走り回るシーンも年齢を感じさせることなく無事演じ切りました。普段から体を動かす習慣のある吉永小百合ですが、役になりきるためには努力を惜しまない所に吉永小百合の女優魂を見た気がします。
吉永小百合が実年齢より若い理由は生活習慣にあった

吉永小百合は、健康維持のために規則正しい生活を心がけ、野菜中心の食事を実践しているそうです。やはり若さを保つには健康でなければならないということでしょう。吉永小百合は自分の体に耳を澄ませて、毎日体と会話しながら体調管理を行っていると言います。内面からにじみ出る若さを保つためには、毎日の体調管理が欠かせないということが分かります。
若さを保つ秘訣は自分なりの健康法を実践すること

吉永小百合の若さの秘訣を紐解いてみると、高級なエステに通ったり、何か特別なものを取り入れているわけではないようです。日々の生活を大切にして、毎日自分の体と向き合うことが吉永小百合の若さの秘訣なのかもしれません。

「普通のことをやっていてあんなにきれいで若さを保てるわけがない」と思う人も多いかもしれませんが、当たり前のことがきちんとできている人はどれくらいいるでしょうか。忙しいことを理由に食事が適当になってしまったり、自分の体調と向き合う時間が取れていないという人が多いのではないでしょうか。美しさと若さを保つ秘訣は、当たり前のことを継続して毎日やるということが大切なのかもしれません。
年齢を超えた魅力を放ち続ける吉永小百合

70歳を超えた現在も若々しく美しい吉永小百合。その若さの秘密を誰もが知りたいと思うでしょうが、吉永小百合は何か特別なことをしているわけではなく、日々の生活を大切に、自分と向き合う時間をきちんと作ることが若さの秘訣となっているようです。自分自身に言い訳せず、毎日をきちんと生きることが美しい女性の条件なのかもしれません。
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