黒柳徹子の年齢は現在何歳?入れ歯や病気の噂に若い頃の画像!
黒柳徹子は「徹子の部屋」での滑舌の良い早口トークや、独特のヘアスタイルでおなじみですね。そんな黒柳徹子の年齢はいったい何歳なのでしょうか。今回は、現在の年齢が何歳なのか、入れ歯や滑舌、病気についての噂や、若い頃の画像も含めてご紹介していきます。
黒柳徹子のプロフィール!身長や血液型は?
黒柳徹子といえば、独特の早口トークが話題の自身の冠番組「徹子の部屋」や、玉ねぎ頭でもおなじみですね。そんな黒柳徹子の念剤の年齢は、いったい何歳なのでしょうか。まずは、黒柳徹子のプロフィールをチェックしていきましょう。

愛称:トットちゃん、チャック
本名:黒柳徹子
生年月日:1933年8月9日
出身地:東京府東京市赤坂区(現在の東京都港区)乃木坂
血液型:A型
身長:163cm
体重:48kg
活動内容:女優、タレント、声優、司会者、エッセイスト
所属グループ:なし
事務所:有限会社吉田名保美事務所
家族構成:父、母、弟3人、妹1人

黒柳徹子の経歴
黒柳徹子は、実は若い頃はオペラ歌手をめざしていて、東京音楽学校(いまの東京音楽大学)に進学します。しかし夢はかなわず、たまたま目に留まった新聞広告の「NHK放送劇団の俳優募集」に応募し、約6000人の中から合格者13人のうちの1人に選ばれます。そして日本放送協会に入局し、NHK放送劇団、文学座研究所を経て、テレビ女優第1号の1人としてデビューし芸能活動をスタートします。

はじめは子ども向け番組メインに出演していましたが、その後「若い季節」やバラエティ番組「夢であいましょう」などの人気番組にも出演するようになります。なんと忙しい時期には週6~7本ものレギュラー番組を持っていたそうです。黒柳徹子が38歳のときには、本格的に演劇を学ぶため、ニューヨークへ1年間留学もしています。

1958年、第9回NHK紅白歌合戦では25歳という若さで紅組司会を務め、これは紅白歌合戦の司会最年少記録になっています。また、その後4年連続、通算5回紅白歌合戦の司会を務めており、史上最多です。さらに、2015年の第66回NHK紅白歌合戦では、82歳で総合司会として再度紅白の司会に復帰していて、史上最年長記録となっています。紅白歌合戦の司会で次々と記録を出し、レジェンド的存在ですね。

1978年からは、なんと最高視聴率41.9%を記録した大ヒット音楽番組「ザ・ベストテン」の放送がスタートします。黒柳徹子は「ザ・ベストテン」の初回放送から、1989年に番組が終了するまで、ずっと司会を務めていました。1986年に放送がスタートした長寿番組「世界・ふしぎ発見!」にも、黒柳徹子は初回から毎回レギュラー回答者として出演しています。

黒柳徹子はエッセイストとしての顔も持ち、1981年に出版された自伝的小説「窓際のトットちゃん」は、戦後最大のベストセラーとなりました。黒柳徹子は女優や司会者、タレントだけではなく慈善活動も行っていて、ユニセフ親善大使を務める平和運動家としても有名です。そのほか、パンダ好きでもあり、日本パンダ保護協会名誉会長を務めるほどです。
ギネス認定! 同一の司会者による番組の最多放送回数
黒柳徹子といえば、テレビ番組「徹子の部屋」ですよね。「徹子の部屋」は1976年2月から放送がスタートしています。実はこの「徹子の部屋」はギネス認定されているのをご存知でしょうか。「徹子の部屋」の2011年4月27日放送分が、番組スタートから通算8961回目の放送となり、同一の司会者による番組の最多放送回数記録でギネス世界記録に認定されています。

さらに、2015年5月27日の放送分では、放送回数が通算10000回となり、自らのギネス記録を塗り替えて、再度ギネス世界記録に認定されました。42年間もお一人で司会を務め続けているのはすごいことですよね。

番組司会者だけでなくドラマにも出演
黒柳徹子といえば、「ザ・ベストテン」や「徹子の部屋」など、番組司会者のイメージが強いですが、経歴でご紹介したとおり、はじめは女優として芸能界デビューしています。1954年には黒柳徹子の初主演ラジオドラマ「ヤン坊ニン坊トン坊」がスタートしました。この番組では、黒柳徹子は三男・トン坊役を演じましたが、日本のラジオドラマで初めて大人の女性が子供の声を担当し話題となりました。

その後も「チロリン村とくるみの木」「ブーフーウー」などに出演、声優として出演していました。女優としては1958年に映画「海は生きている」でデビューし、1959年に「夜の仲間」でテレビドラマ出演をしています。その後も「若い季節」「繭子ひとり」、「元禄太平記」などのドラマに出演しましたが、「徹子の部屋」が放送スタートしたことをきっかけにテレビ女優としての活動は控えるようになったようです。

黒柳徹子の現在の年齢での年収は?
テレビタレントとして数々の記録を打ち立て、現在も現役で活躍中の黒柳徹子ですが、現在の年齢での年収はどのくらいなのでしょうか。黒柳徹子の年収は公表されていませんので、明確な金額はわかりませんが、大体試算をしてみましょう。
40年以上続く冠番組である「徹子の部屋」は月曜日から金曜日までの帯番組です。この出演料が1回あたり150万~200万程度と考えられ、これを1か月当たりにすると3000万ほどになります。さらに年収に換算すると3億6000万となります。黒柳徹子は「徹子の部屋」以外にもテレビ出演していますので、その他の出演番組のギャラも含めると、年収は4億を超えそうです。
黒柳徹子の年齢は何歳?昭和生まれ?
現在の年齢は84歳?

現在も現役で活躍されている黒柳徹子ですが、現在の年齢は何歳なのでしょうか。黒柳徹子は1933年生まれですので、2018年現在は84歳です。1933年は昭和8年ですので、黒柳徹子は昭和生まれということになります。黒柳徹子はあたまの回転も早く、外国人のようなきれいな外見や、しっかりしたトーク、はつらつとした元気な姿は84歳とは思えないほどですね。
サバ読み?年齢詐称疑惑とは
芸能人には年齢詐称疑惑がつきものですが、黒柳徹子には年齢詐称疑惑はあるのでしょうか。現在は黒柳徹子の生年月日も公表されていますので、年齢詐称はしてしないようですね。

過去には、80歳を過ぎたら90歳まで年齢を非公開にしたい、とインタビューで語っていたそうですが、これは90歳を過ぎたときにまだ徹子の部屋をやっていたら、みんなが驚くからという理由でした。サバ読みしたいというより、みんなを驚かせたい、という気持ちからの発言だと思われます。そのほかにも、黒柳徹子が年齢をサバ読みしている、詐称しているという事実はないようでした。
何歳でテレビ女優デビュー?
黒柳徹子は、現在は司会者としてのイメージがすっかり定着しています。しかし経歴でご紹介したとおり、黒柳徹子はもともと女優として芸能界デビューしています。テレビ女優第1号として日本放送協会に入局したのが1953年ですので、黒柳徹子が20歳のときにテレビ女優としてデビューしたことになります。

ただ、NHKの放送劇団養成所に入った当初は、数字が入ったセリフが覚えられなかったり、話し方が独特ということで役を降ろされてしまうこともあったそうです。その後才能を認められ、女優として活躍していきました。黒柳徹子はがテレビ女優デビューした1953年は、テレビが誕生した時期でもあります。黒柳徹子は、テレビでの放送が始まった時期からテレビタレントとして活躍されていたんですね。

徹子の部屋は何歳で開始?
黒柳徹子といえば、月曜日から金曜日の13時15分から放送している「徹子の部屋」ですね。出演する芸能人や有名人とのトークが魅力で、放送スタートから長年愛され40年以上続いている長寿番組です。芸能人にとっては、出たい番組、登竜門的な存在でもある番組となっています。

この「徹子の部屋」は1976年2月2日に放送がスタートしましたので、黒柳徹子が42歳の時になります。現在、黒柳徹子は84歳ですので、42年間も「徹子の部屋」の司会を続けていることになります。
黒柳徹子に病気の噂
足に障害?
テレビでは元気な姿を見せている黒柳徹子ですが、実はいくつか病気の噂があります。黒柳徹子の病気の噂は本当なのでしょうか。まずは、以前テレビで黒柳徹子が足をひきずっていたことから、足に病気や障害があるのでは、と話題になったことがあります。実際、黒柳徹子は小さいときに結核性股関節炎という病気になったことがあるようです。しかし現在は病気は回復していて、足に障害はないようです。

黒柳徹子は現在、脚を鍛えるために毎日スクワットやウォーキングを欠かさず行っていて、なるべく階段を使うようにもしているそうです。84歳とは思えないパワフルさです。そのおかげか、2017年に足を骨折して手術した際にも、回復がとても早く、手術の10日後には仕事に復帰できるくらいだったそうです。
舌が黒い?
黒柳徹子には、舌が黒いのではという噂もあります。黒柳徹子はインスタグラムをしていますが、以前黒柳徹子自身がアップしたインスタグラムの写真で、舌が黒いと話題になりました。舌が黒いのは、舌がんなどの病気なのでは、という心配の声も多数あがっていました。

舌がんになると食事や話すことに影響が出るそうですが、テレビで見る限りは黒柳徹子は少なくとも話すことに影響が出ている様子はありませんね。黒柳徹子は、子供のころから舌が黒いと自身でも語っていますので、どうやら舌が黒いのは事実ではあるものの、病気が原因ではないようです。
入れ歯?病気で滑舌が悪い?
テレビで見ると、黒柳徹子はきれいな歯並びをしています。84歳という年齢を考えると、これほどきれいな歯並びをしているのは実は入れ歯なのでは、という噂があります。実際、57歳のときに差し歯にしており、64歳で上の歯は総入れ歯にしているそうです。そして67歳のときには、2本だけ自分の歯を残して、残りの下の歯は総入れ歯にしたそうです。

つまり、現在はほぼ総入れ歯なので、黒柳徹子が入れ歯なのでは、という噂は本当だったといえます。きれいな歯並びは入れ歯だったのですね。ただ、一般的に80歳を過ぎると総入れ歯になる人が多いそうです。確かに高齢者は入れ歯をしているイメージがあります。そのため、黒柳徹子が入れ歯でも、年齢的にはおかしくはないといえます。

また、黒柳徹子といえば滑舌が良いイメージですが、以前に比べて滑舌が悪くなり、病気で滑舌が悪いのでは、という噂があります。「徹子の部屋」でも滑舌が悪くなっているように感じることがあります。黒柳徹子の滑舌が悪くなったのは、認知症や脳梗塞など、病気を心配する声も多いようです。

ただ実際は、入れ歯が滑舌に影響しているようです。入れ歯は定期的に治さないと話しづらくなり、滑舌に影響するそうです。また、総入れ歯だと話しているときに外れないよう気にしながら話すので、それで滑舌が悪くなることもあるそうです。そのため、黒柳徹子は病気で滑舌が悪いわけではないようです。以前より滑舌が悪くなったとはいえ、84歳という年齢にしては立派な滑舌だといえるのではないでしょうか。
黒柳徹子の若い頃は
子供時代は発達障害と言われていた
実は黒柳徹子は、若い頃はADHD(注意欠陥・多動性障害・学習障害)と思われる症状があり、発達障害といわれていた時期があったそうです。現在のあたまの回転が速く、早口で滑舌も良い黒柳徹子からは、なかなか想像できませんよね。

黒柳徹子が発達障害といわれていたのは子供の頃で、小学校時代です。入学した公立小学校を、黒柳徹子の問題行動が原因で小学1年生で退学しているそうです。黒柳徹子が小学校を退学になってしまったときのことは、自身の著書「窓際のトットちゃん」やテレビドラマ「トットちゃん!」でも描かれています。では、黒柳徹子は小学校で一体どんな問題行動を起こしてしまったのでしょうか。

例えば、ふたがついた机のふたを、授業中にノートや鉛筆を取り出すたびにパタパタと開け閉めし、先生に怒られても何かと理由をつけてやめなかったそうです。また、画用紙からはみ出して絵を描き、床や机にも絵をかいていたそうです。このような行動が続き、ときには廊下に立たされることもあったそうです。

黒柳徹子が子供の頃は、まだ発達障害という言葉はなかったので、先生や周囲の人々には問題児ととらえられてしまったようです。このようなことから小学校を退学してしまいますが、両親はこれは黒柳徹子の個性だと認め、黒柳徹子がのびのびと学べる環境のある「トモエ学園」を見つけてきて、そこに入学することになります。
「トモエ学園」は、リトミックを日本で初めて導入した学校で、子供の自発性や自主性を最優先に教育をしていました。このような自由な校風は、子供の頃の黒柳徹子に合っていたようです。現在の黒柳徹子の明るく個性的な性格は、この学校に行けたことも大きいのかもしれません。
若い時の写真・画像を年齢とともにご紹介!
黒柳徹子は、84歳となった現在もきれいですが、若い頃もとてもきれいです。黒柳徹子が自身のインスタグラムに若い頃の写真をアップしたところ、話題になりました。若い頃の写真を見ると、鼻筋が通っていて、目元もきりっとした美人さんだったようです。

こちらの若い頃の画像は、黒柳徹子がNHK放送劇団に入ったころの写真だそうです。黒柳徹子が日本放送協会に入局したのが1953年なので、20歳の頃の写真ですね。まだ玉ねぎ頭にはなっていませんが、アップヘアが黒柳徹子さんらしい雰囲気です。黒柳徹子の若い頃の写真は、インスタグラムにアップされたとき、満島ひかりに似ているともいわれていました。

こちらの若い頃の写真も、黒柳徹子が自身のインスタグラムにアップしたときに話題になった写真です。この写真も、テレビ女優デビューした当時の写真ということでしたので、20歳ごろの写真だと思われます。

こちらの若い頃の写真は、黒柳徹子が演技の勉強をするためにニューヨークへ留学していたころの写真ですので、38歳ごろの黒柳徹子です。美人さんでおしゃれですね。ヘアスタイルは、少し現在の玉ねぎ頭に近いような気もします。

こちらの若い頃の写真も、とても話題になった写真です。この写真も黒柳徹子がニューヨークへ留学したころなので、38歳です。イースターパレードに振袖で参加したときの写真だそうですが、たくさんの人に声をかけられたそうですよ。玉ねぎ頭も黒柳徹子らしいですね。
綺麗なのに結婚しなかった理由は
若い頃の写真を見ると、黒柳徹子はとてもきれいな女性だったことがわかりますね。でも、黒柳徹子は現在も独身です。きれいなのに結婚をしていないことには、何か理由があるのでしょうか。実は、「徹子の部屋」にマツコ・デラックスが出演したときに、マツコ・デラックスが黒柳徹子の結婚について聞きだしているんです。

そこで黒柳徹子は、過去に何度か結婚しようと思ったことがあり、お見合いも3回したことがあると語っています。そのお見合いのうち、3回目の相手とは結納まで済ませていたそうですので、結婚する一歩手前まで進んでいたのですね。しかしそこまで話が進んでいたのに結婚しなかったのは、なぜでしょうか。

それは、「1つでも気に入らないところがあったら結婚しないほうがいい」というアドバイスを受けたことがきっかけだったそうです。そして、黒柳徹子は、そのお見合い相手の歩き方が好きじゃないという理由で結婚する気がなくなってしまったとのことです。このことを自身の母親に相談したところ、母親もあっさり認め、結婚の話がなくなってしまったようなのです。

また、その相手以外に、40年間お付き合いをした相手もいたそうなのですが、その相手が亡くなってしまったため結婚には至らなかったそうです。その後も付き合った相手から何度かプロポーズされましたが、結婚してから他にもっと良い人に巡り合うかも、と思ってしまい、結局結婚しなかったようです。
黒柳徹子の家族構成は?

黒柳徹子は現在も芸能界で活躍する有名人ですが、実の両親や兄弟も、音楽や芸術の世界で活躍されている人が多いです。黒柳徹子自身は、お嬢様学校として有名な香蘭女学校を卒業していますので、育った家庭環境は裕福だったのでしょう。ここでは、気になる黒柳徹子の家族についてご紹介していきます。
父・黒柳守綱

黒柳徹子の父親である、黒柳守綱(くろやなぎ もりつな)さんはプロのヴァイオリニストです。有名なNHK交響楽団や東京交響楽団などでヴァイオリニストを務めています。NHK交響楽団の前身である新交響楽団では、コンサートマスターを務め、その後東京交響楽団でもコンサートマスターに就任していますので、かなりの腕前だったのではないでしょうか。
母・黒柳朝

黒柳徹子の母親、黒柳朝(くろやなぎ ちょう)さんは声楽家であり、エッセイストでもあります。黒柳守綱さんとは、東洋音楽大学の学生時代にコンサートで一緒になったことが出会いのきっかけだったそうです。著書「チョっちゃんがいくわよ」は、NHK連続テレビ小説でドラマ化もされています。黒柳徹子が若い頃にオペラ歌手を目指していたのは、母親の影響があったのかもしれませんね。
兄弟は何人?年齢が離れている?

黒柳徹子は5人兄弟の第1子で長女です。ほかに弟3人、妹1人がいます。黒柳徹子が生まれた時代には5人兄弟というのは平均的な数だったようです。兄弟のうち、長男だった黒柳明児(くろやなぎ めいじ)さんは、子供の頃に亡くなってしまったようです。
長男・黒柳紀明

弟の黒柳紀明(くろやなぎ のりあき)さんは、黒柳徹子の7歳年下です。父親と同様ヴァイオリニストで、フロイデフィルハーモニーで第二ヴァイオリンのトップを務めています。ヴァイオリンだけでなく、ヴィオラも演奏できるそうで、ヴィオラで出演したこともあるようです。
次女・黒柳眞理

11歳年下の妹、黒柳眞理(くろやなぎ まり)さんは元バレリーナで、エッセイストです。ボリショイ・レニングラードバレエ団でプロのバレリーナとして活躍していましたが、19歳の時に足をねんざしてしまい、やむなく退団しています。結婚、出産、離婚を経て美容師免許を取得し、現在は美容家に転身しています。北海道のテレビ番組では、コメンテーターとしても活躍しています。
次男・黒柳貴之

一番下の弟、黒柳貴之(くろやなぎ たかし)さんは、ほかの家族とは違い、芸能活動はされていないようです。19黒柳徹子とは24歳差で、かなり離れているので、実は黒柳徹子の隠し子なのではないかという噂が出たことがありますが、実際はれっきとした弟です。
何歳になっても年齢を感じさせない黒柳徹子
今回は、いまも現役で活躍している黒柳徹子の年齢が何歳なのかについて、入れ歯や滑舌、病気についての噂も含めてご紹介してきました。黒柳徹子の若い頃の画像もご紹介しましたが、写真を見ると若い頃から美人さんでしたね。

黒柳徹子には病気についても噂もありましたが、実際は病気ではないようでひと安心ですね。現在は脚を鍛えるなど健康にも気を使っているようですし、84歳という年齢を感じさせないパワフルさ、外見やトークはさすがです。これからも個性豊かで黒柳徹子のまま、元気に活躍を続けていってくれることを願いましょう。
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