范文雀の死因や命日は?余貴美子との関係や寺尾聰との結婚・子供は?

范文雀の名前からしてどこの国の人なのでしょう?どうやって日本の芸能界入りをしたのでしょう。既に亡くなっているようですがその死因は?結婚はしていたのでしょうか。また余貴美子との関係とは何なのでしょうか。そんな女優の范文雀についてご紹介します。

目次

  1. 范文雀ってどんな人?
  2. 范文雀の死因や命日は?
  3. 女優の余貴美子と范文雀との関係は?
  4. 范文雀と元旦那の寺尾聰との関係は?
  5. 范文雀に子供はいるの?
  6. 范文雀は永遠の女優

范文雀ってどんな人?

女優の范文雀の紹介

女優の范文雀を紹介します。名前からして范文雀はどこの国の人なのでしょう?生まれ育った場所は何処でしょうか。また、芸能界入りするきっかけはなんだったのでしょうか。芸能界での活躍はどんなだったのでしょうか。既にお亡くなりになっていますが、その原因はなんだったのでしょう?余貴美子との関係や寺尾聰との結婚や子供についても紹介します。まずは范文雀のプロフィールから紹介します。

女優の范文雀のプロフィール

愛称:???(別名:ハン・ザ・摩耶)
本名:范文雀
生年月日:1948年4月15日
没年月日:2002年11月5日(54歳)
出身地:東京都
国籍:中華民国
血液型:O型
身長:不明
体重:不明
活動内容:女優、声優
所属グループ:なし
所属事務所:なし
家族構成:元夫は俳優、シンガーソングライターの寺尾聰

女優の范文雀は東京の中野で生まれた台湾国籍の少女だった

女優の范文雀の両親は日本で育ったため台湾国籍の両親でしたが中国語が苦手でした。その両親の元に范文雀は東京都の中野区で生まれましたが、范文雀が子供の5歳の頃に父親が音楽をするために台湾に帰ってしまったため、范文雀と母と范文雀の兄の3人は、祖父母が住んでいる広島に祖父母を頼って引っ越しました。祖父母は広島の駅前で「胡蝶園」という中華料理店を営んでいました。

女優の范文雀は子供の頃広島で育ったお嬢様だった

祖父母の祖父は、実の祖父ではなく使用人であり祖母と内縁関係として一緒に暮らしているもので、家長は祖母でした。子供のころの范文雀だけが祖母のお気に入りだったため、子供の范文雀だけが祖母が住む母屋に一緒に住み、母親と兄は中華料理店の従業員の寮に住み込みました。その後、父親も日本に戻り家族は東京へ戻るのですが、范文雀だけは祖母の命により広島に残ることになってしまいました。

大学性のころから端役でドラマ出演をしていた范文雀

お嬢様として育った范文雀は広島ノートルダム清心中学校を卒業した際、祖母にどうしてもなじめず広島を出て東京に戻り両親と一緒に暮らしています。范文雀は品川区東五反田にある清泉女子大学を卒業し、上智大学外国語学部に入学しましたが、大学を中退しています。中退の理由は、清泉女子大学の頃から既にドラマに出演しており女優として生きて行くことを決め、特別機動捜査隊に端役で出演していました。

ジュン・サーダースの名前で范文雀が有名になった「サインはV」

范文雀に、役として始めて出演したドラマは「サインはV」です。神保史郎、望月あきらの漫画作品の実写ドラマですが、元は1964年の東京オリンピック女子バレー金メダルでバレーボール・ブームを巻き起こしたのが発端し、当時漫画「アタックNo.1」に対抗する作品として作られたものです。范文雀はホームで育てられたジュン・サンダース役を演じ、最後は死因が骨肉腫で倒れる運命を持った役を演じました。

范文雀の名前を不動のものにした「アテンションプリーズ」

続いて范文雀はスチュワーデス(現在ではCA)を描いたドラマ「アテンションプリーズ」に出演します。写真左が范文雀で田村早苗役を演じました。田村早苗は一つ前の100期生でしたが、落第をしたため主人公の美咲洋子(紀比呂子)達の101期生として訓練を受け卒業します。始めはツッパていた早苗でしたが、洋子の熱意に負け打ち解けていきます。このドラマで范文雀の名前は不動のものになりました。

日活の女優の宣伝の映画 「野良猫ロック」にも参加した范文雀

1970年に公開された映画「女番長 野良猫ロック」シリーズで5作制作された映画です。日活の女優達を一同に集め売り込むために制作された映画です。范文雀始め、梶芽衣子、和田アキ子、高野沙理らの女優に加え、地井武男、藤竜也などの俳優が参加し、不良少女の突っ張りが展開する映画でした。

数多くの刑事物語にも出演した范文雀

Gメン75に出演した時の范文雀です。画像はGメン75の最終回「サヨナラGメン75・また逢う日まで」1982年です。Gメン75は1975年~1982年の8年間続いた警視庁庁舎から独立した特別潜入捜査班を舞台にしたドラマでした。范文雀は307話~355話をレギュラーとして出演しました。Gメン75は「キーハンター」からの流れを組む「アイフル大作戦」、「バーディー大作戦」の次のシリーズの作品でした。

多くの脇役も演じた范文雀

范文雀は、ドラマやCMなどで活躍していた岩井俊二監督の始めての映画「Love Letter」に出演しています。3年前に山の事故で亡くなった恋人の手紙を書くと、その返事が来るという何ともメルヘンチックな映画です。作品そのものが優秀作品賞、ヒロインの中山美穂を恋する役に豊川悦司、豊川悦司は優秀助演男優賞を受賞し、ヒロインの中山美穂は、ブルーリボン賞など多くのイベントで主演女優賞を受賞しました。

「人間の証明」のキー人物を演じていた范文雀

范文雀は映画「人間の証明」にも出演しています。役柄は夏八木勲が扮する新見の相手役・ふみえ役を演じています。ふみえには夫(長門裕之)がおり、夫は妻のふみえを探すも車にひかれ亡くなります。映画の物語的には范文雀が演じたふみえは、映画の冒頭で殺されてしまう役ですが、ストーリー性からこの事件は、本当の事件を暴く鍵となっています。

ミステリーサスペンスにも出演していた范文雀

笹沢左保の原作「結婚って何さ」を元にドラマ化された「男と女」です。1973年の「火曜日の女シリーズ」で6回に渡り放送され笹沢左保本人もゲスト出演しています。范文雀が主演を務め、村野武範が共演しています。会社を辞めた二人のOLが呑んで酔っぱらっているところ、一人の男が二人の呑んでいるところへ合流するが翌朝、その男は死んでいるところから始まる、というストーリーです。

英国生まれでアメリカ人になったジェーン・シーモアの声優をこなした范文雀

范文雀は声優としてジェーン・シーモアの声を担当した経験があります。日本の声優さんは一度海外の俳優には決まると次も同じ声優さんにお願いすることが多いですが、范文雀の場合のジェーン・シーモアの声優は「ドクタークイン 大西部の女医物語」のみで長くジェーン・シーモアの声優を担当することはありませんでした。

和服姿も似合っていた范文雀

洋装の姿で多く映画・ドラマに出演した范文雀でしたが、和服も似合っていました。また数多くのドラマ、映画、劇に出演した范文雀でしたが、道半ばで帰らぬ人になってしまいました。

范文雀の死因や命日は?

范文雀の死因は悪性リンパ腫が引き金となった心不全だった

范文雀は1998年にの悪性リンパ腫と診断され治療のため入院します。半年間の入院生活の後、范文雀は退院しますが2002年10月に体調を崩し再度入院します。翌月の11月5日に心不全のため帰らぬ人となりました。ですから、命日は11月5日になります。悪性リンパ腫が血液の流れを止め、心臓に負担がかかり心不全を起こしたのが死因です。

リンパ腫は死亡率が上昇している死因の一つ

リンパ腫が死因で亡くなった俳優さんに高倉健さんがいます。悪性リンパ腫が死因でした。また、松方弘樹さんも脳リンパ腫が死因で亡くなっています。人間の体内には血流とリンパ球が体内を流れています。リンパ球は細菌を殺す力を持っていますが、悪性となると自分自身の体内をむしばむものがあり死因となってしまいます。いわゆる血液のガンといわれており、死因の確率として高くなっています。

女優の余貴美子と范文雀との関係は?

女優の余貴美子と范文雀は従姉妹で親戚の間柄

范文雀と余貴美子の関係は従姉妹であり親戚にあたります。親同士が兄弟でお姉さんが范文雀のお母さんで、弟が余貴美子のお父さんです。余貴美子が芸能界入りするきっかけは、従姉妹の范文雀が芸能界で活躍していたのを見て、自分も芸能人になりたいと范文雀を慕って余貴美子は芸能界入りをしました。

女優の余貴美子のプロフィール

愛称:ハマのマリア
本名:余貴美子
生年月日:1956年5月12日
現在年齢:62歳
出身地:神奈川県横浜市中区
血液型:B型
身長:161cm
体重:56kg
活動内容:女優
所属グループ:なし
所属事務所:アルファエージェンシー
家族構成:夫は多摩美術大学教授の山下恒彦

「ハマのマリア」と呼ばれていた余貴美子

余貴美子は、池袋などでナイトクラブを経営していた台湾国籍の父と日舞の師範をしていた日本人の母との間に生まれた子供です。若い頃地元の横浜では「ハマのマリア」と呼ばれていました。趣味は三味線、民謡、タップダンスなのが両親からの環境から分かります。神奈川学園高校を卒業した余貴美子はすぐに、「オンシアター自由劇場」に入団しました。1976年の時です。

劇団からドラマ・映画にシフトをしていった余貴美子

1984年に「オンシアター自由劇場」を退団した余貴美子は、劇団「東京壱組」を大谷亮介と立ち上げますが2年で解散させています。ここから余貴美子は映画やドラマ出演に力を入れ「ちょうちん」で映画デビューをし、数多くの作品に出演します。2009年には「おくりびと」、2010年に「ディア・ドクター」、2013年に「あなたへ」、2014年に「微子の献立」で日本アカデミー最優秀助演女優賞を受賞しています。

余貴美子はNHKの美術さんと結婚した

私生活に関して余貴美子は2006年にNHKの技術スタッフ・山下恒彦と結婚しています。二人の馴れ初めは朝ドラ「ちゅらさん」に出演した余貴美子と美術を担当したのが二人の馴れ初めです。山下恒彦はNHKのドラマ「独眼竜政宗」、「武田信玄」、「秀吉」、「新撰組!」、「はね駒」、「京 ふたり」などの美術を担当した売れっ子の美術担当です。

余貴美子が結婚した旦那の山下恒彦は現在美大の教授

余貴美子の旦那の山下恒彦は現在NHKを退職し、多摩美術大学演劇舞踊デザイン学科で教授を務め、映像、照明、美術などを学生達に教えています。尚、余貴美子と旦那の山下恒彦との間には子供はいません。余貴美子が当時50歳、山下恒彦が当時48歳と二人とも高齢での結婚だったため子供を授かることを諦めたようです。

范文雀と元旦那の寺尾聰との関係は?

范文雀は寺尾聰との結婚歴があり

范文雀は絶頂期の1973年に俳優でシンガー・ソングライターの寺尾聰と結婚しています。結婚の馴れ初めはドラマ「2丁目3番地」での共演が元で范文雀と寺尾聰は結婚しています。「2丁目3番地」は1971年に放送されたドラマで石坂浩二と浅丘ルリ子が主演する美容院を中心に繰り広げるドラマです。范文雀は浅丘ルリ子の妹役を演じ、范文雀の恋人役を演じたのが寺尾聰でした。

旦那の寺尾聰は妻の范文雀に家庭に入ってもらいたかった

結婚をした范文雀と夫の寺尾聰でしたが、結婚一年で離婚するというスピード離婚でした。結婚した後、家庭に入る妻としての結婚生活を期待していた寺尾聰でしたが、范文雀は家庭に入ることを拒み二人の意見が合わず結婚生活は一年を迎えず破綻してしまいました。一時は芸能界を引退した范文雀でしたが旦那の寺尾聰の希望には沿うことは出来ませんでした。わずか一年間の結婚生活でした。

寺尾聰のプロフィール

愛称:???
本名:寺尾聰
生年月日:1947年5月18日
現在年齢:71歳
出身地:神奈川県横浜市
血液型:A型
身長:176cm
体重:不明
活動内容:俳優、シンガーソングライター
所属グループ:ザ・サベージ (歌手グループ)
所属事務所:寺尾音楽事務所
家族構成:父は俳優、演出家の宇野重吉、妻は元女優の星野真弓、元妻は女優の范文雀

范文雀の元旦那の寺尾聰は石原軍団だった

ギターを独学で学んだ寺尾聰は「ザ・サベージ」を結成し音楽活動をしますが、すぐにグループを抜け、俳優に転向します。父親の宇野重吉が石原裕次郎と昵懇だったため石原軍団に入団し、映画「黒部の太陽」にて俳優デビューします。ドラマ「大都会」では新聞記者、「大都会PARTIII」、「西部警察」では刑事役を演じ役者として大成しようとしている時に寺尾聰の歌が大ヒットするのです。

范文雀の元旦那の寺尾聰は「ルビーの指環」が大ヒットし日本レコード大賞を受賞

寺尾聰の歌「ルビーの指環」が大ヒットします。そのため同時に撮影していた「西部警察」の刑事役を急きょ殉職させなければ、寺尾聰のスケジュールが立たない事態に陥り殉職させてしまいます。コンサートにて多くのお客に来て欲しいと願う寺尾聰とマスコミ重視の石原プロダクションの間に確執は生じ、また、俳優としても刑事ではなく人間味のある役柄を願う寺尾聰は石原軍団を退団します。

元旦那の寺尾聰は映画「雨あがる」で日本アカデミー最優秀主演男優賞を受賞

石原軍団を退団した寺尾聰は、黒澤明監督の「乱」、「夢」、「まあだだよ」、「雨あがる」に出演しました。「雨あがる」は黒澤明監督の遺作であり寺尾聰は主演を演じ日本アカデミー最優秀主演男優賞を受賞しています。その後も、「半落ち」など人間味溢れる人間像の俳優を演じています。日本アカデミー最優秀主演賞と日本レコード大賞の二つを持っているのは寺尾聰一人だけです。

寺尾聰は10歳年下の星野真弓と再婚し子供も授かった

一年足らずで結婚に終止符を打ち離婚した寺尾聰ですが、モデルで女優の星野真弓と結婚しています。寺尾聰33歳、星野真弓20歳の時です。二人の馴れ初めは星野真弓がドラマ「西部警察」にゲスト出演をしたのがきっかけとのことです。それをきっかけに二人の付き合いが始まり結婚に至ったとのことです。元々家庭的な女性が好きな寺尾聰は、3人の子供に恵まれています。

范文雀に子供はいるの?

范文雀と元夫の寺尾聰との結婚生活の間に子供はできたのでしょうか?二人の結婚生活が一年と短く、お互いの仕事が忙しかったために子供はできませんでした。范文雀と夫の寺尾聰との間に子供がいれば、二人は離婚をしていなかったかもしれません。

范文雀は永遠の女優

大女優を目指した范文雀は、病には勝てず54歳の若さでこの世を去ってしまいました。聡明な人格で自分が正しいと思ったことには、どんなに力の強いプロデューサーや大物役者でも頑として自分を曲げなかった范文雀でした。そうした范文雀の性格を支持する仲間やファンも多く、もっと多くの作品を観たかったと悲しんでいます。惜しまれて亡くなった范文雀は永遠の女優です。

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