松行泰子と保坂尚希の熱愛まとめ!破局原因や共演ドラマ・CMなど

女優の松雪泰子と俳優の保阪尚希はかつて熱愛関係にあったと言われています。しかし、そんな二人は結果的に破局していますが、どのような理由で破局してしまったのでしょう。また松雪泰子と保阪尚希のそれぞれの結婚や画像、また共演したドラマについて紹介します。

目次

  1. 松雪泰子と保阪尚希の熱愛まとめ
  2. 松雪泰子のプロフィール
  3. 松雪泰子の結婚と破局
  4. 保阪尚希と熱愛関係になったきっかけ
  5. 保阪尚希のプロフィール
  6. 高岡早紀と保阪尚希のその後

松雪泰子と保阪尚希の熱愛まとめ

どこか不思議な魅力のある松雪泰子。そんな松雪泰子は実は俳優の保阪尚希と熱愛関係だった時期があります。そんな二人の意外ともいえる熱愛関係ですが、どのような馴れ初めから二人の熱愛は始まったのでしょう。

松雪泰子と保阪尚希の共演ドラマや、熱愛関係に至るまでの馴れ初め、そしてそれぞれの画像などを紹介します。また、松雪泰子と保阪尚希はその後、結婚はしているのでしょうか。

お互いミステリアスな雰囲気のある人物ですが、その熱愛関係がとても気になるところです。二人が破局して結婚出来なかった理由には、実は芸能界の闇を感じさせる理由があるようです。

松雪泰子のプロフィール

松雪泰子は1972年11月28日生まれの45祭です。佐賀県鳥栖市出身で、現在はスターダストプロモーションに所属する女優です。幼少期の松雪泰子は母親の勧めで、バレエやピアノ、また日本舞踊を習っていたそうです。当時の松雪泰子はいやいや通っていたそうですが、後の女優としての礎になっていることから、母親には感謝しているそうです。

また、お笑い芸人のはなわがリリースしたシングル「佐賀県」の歌詞において、松雪泰子が佐賀県出身なのに公表していないとネタにされています。実はこのことに関して、事務所宛にはなわからFAXが送られており、歌詞の内容とそのことに対する理解を求めており、松雪泰子も快く承諾したのだとか。

松雪泰子は3人姉弟の長女で、弟は俳優の高村晃平と歌手の松雪陽です。そして、鳥栖市立田代小学校から鳥栖市立田代中学校に進学し、鳥栖商業高校に進学しています。高校時代の松雪泰子はヤンキータイプだったらしく、卒業式もかなり派手に卒業していったそうです。

松雪泰子は高校時代にデビュー

松雪泰子は高校二年生のときに雑誌の「MEN'S NON-NO」のオーディションに応募し、第一回メンズノンノ・ガールフレンドに選出されています。そして、モデルとして活動していた中で、高校卒業と同時に上京しています。

上京してからは本格的に芸能活動を始めており、1991年にテレビドラマ「熱血!新入社員宣言」で女優デビューを果たしています。また、1993年に主演テレビドラマ「白鳥麗子でございます!」が放送され、この強烈な白鳥麗子役が話題になり、人気女優の仲間入りを果たしています。

ちなみに、松雪泰子は大学には進学していないのですが、当初は高校を卒業したらデザイン系の専門学校に進学したいという考えがあったようです。結果的には上京し、女優として活動していくことを決意したことでその道を諦めていますが、独特なおしゃれな雰囲気は昔から持っていたものだったのかもしれません。

松雪泰子の結婚と破局

そんな松雪泰子ですが、1998年3月に音楽バンド「ザ・スリル」のギタリストGAKU(門脇学)と結婚しており、2001年には長男が誕生しています。しかし、二人は結婚してから7年後に破局を迎えています。

その離婚理由は仕事が忙しくすれ違いが多いというものだったようです。一部では、松雪泰子が人気女優になったのに対して、収入の格差が生まれてしまったことが二人の関係を破局に導いてしまったとも言われています。

結婚した生まれた子供の名前は「大和」という名前のようです。破局後は松雪泰子が親権を持っており、その後は和光学園に入学していると言われていますね。自立した雰囲気のある松雪泰子だけに、離婚してもそれほどイメージダウンにはならなかったようです。

映画「フラガール」で再注目

松雪泰子は順調にドラマや映画に出演して活躍していましたが、2006年に公開された主演映画「フラガール」で再注目されました。この映画は米アカデミー賞外国語映画賞ノミネーションのための日本代表作品にも選出されています。これは、当時大ヒットした「ALWAYS 三丁目の夕日」を押しのけての選出でした。

この作品で日本アカデミー賞主演女優賞などを受賞し、2008年公開の映画「デトロイト・メタル・シティ」と「容疑者Xの献身」の2作品で、日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞しています。

また、2010年の主演ドラマ「Mother」で第65回ザテレビジョンドラマアカデミー賞主演女優賞を受賞しています。これは読者やテレビ記者、また審査員票の全部門で1位を獲得しており、総投票数は2位の5倍という記録だったそうです。

同年3月には自身が手がけるブランド「Malulu..」をプロデュースしており、2010年10月にはジュエリーやアクセサリーを食わせた新作を発売しており、女優以外の分野でも才能を発揮しています。

保阪尚希と熱愛関係になったきっかけ

では、松雪泰子と保阪尚希が熱愛関係になったきっかけはどのようなものだったのでしょう。どうやら、1992年に公開された映画「パラオ」という作品で共演したことがきっかけだったようです。交際が発覚してからはかなりオープンな関係を続けていたようですが、どうやら二人が交際していたころには、保阪尚希は結婚中だったようです。

女性雑誌「anan」でも保阪尚希とのキスショット画像も披露しており、二人の画像は話題になりました。とはいえ、保阪尚希は元タレントで銀座のホステスをしていた女性と結婚していた中の不倫関係だったわけです。

どうも保阪尚希にはDV癖があるようで、妻に対して暴力を行っていたという噂もあるようです。その中で松雪泰子と不倫しており、妻とは破局に至ったようです。妻からすればこんな画像見せられたら、さすがに関係は続けられませんよね。

熱愛関係中に保阪尚希は高岡早紀と結婚

このように世間にも知られた熱愛関係となっていた保阪尚希ですが、1996年に女優の高岡早紀と結婚しており、結果的には破局していたようです。高岡早紀も独特な雰囲気があり、後にミュージシャンの布袋寅泰とも不倫関係になるなど、魔性の女タイプだったのかもしれません。

高岡早紀が恋人がいる男性が好きだったのかは不明ですが、略奪愛をした松雪泰子は別の女性に略奪されるという結末だったようです。また、保阪尚希も高岡早紀が不倫したことを知り離婚しています。

松雪泰子と保阪尚希が破局した理由は?

そして、松雪泰子と保阪尚希の関係が破局した理由ですが、一部では事務所がその関係を認めなかったと言われています。もともとは別の事務所同士だった二人は、どちらの事務所もその関係を終わらせてほしいと考えていたようです。

そこで、松雪泰子の事務所は松雪泰子を保阪尚希と同じ事務所に移籍させるという方法を取ったそうです。あえて同じ事務所にすることで、二人の時間が多くなることで近すぎる関係にしようと考えたようです。

松雪泰子の事務所も、いろいろと松雪泰子の面倒を見きれないと考えていたようで、双方の事務所が話し合った結果、異例とも言える方法を使ったわけです。結果的に二人は破局しているわけですが、そういった理由と保阪尚希のDVや浮気癖が合わさっての破局だったと言われています。

保阪尚希のプロフィール

改めて高岡早紀と熱愛関係にあった保阪尚希の経歴も確認してみましょう。保阪尚希は1967年12月11日生まれの50歳です。静岡県静岡市葵区出身で有限会社サンクチュアリに所属しています。タレントとしての活動が有名ですが、現在は通販コンサルタントとしての活動が有名かもしれません。

保阪尚希は7歳のときに両親を自殺で亡くしています。亡くなる数時間前まで両親と一緒に居たそうですが、祖母と寝床に入ると、目覚めたときには多数の警察官が家に駆けつけていたそうです。その原因は今だに不明であり、保阪尚希が2007年にそのことを明かすまでは、交通事故で両親を亡くしていたということになっていました。

また、幼少期は両親がいないことでいじめも受けていたそうです。今でも月命日には墓参りをしており、年に一度は富士山山頂で祈りを捧げているのだとか。そして、中学卒業後の保阪尚希はアルバイトをしながら明治大学付属中野高等学校定時制に通って卒業しています。

トレンディードラマで保阪尚希は活躍

1986年にテレビドラマ「チェッカーズ・イン・涙のリクエスト」に出演しデビューしています。また、同年に「このこ誰の子?」に出演したことで俳優として注目されました。

保阪尚希は1992年に映画「パ★テ★オ」で二役を演じたことで、日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞しています。1990年代の保阪尚希は多くのテレビドラマや映画に出演しており、若い女性を中心に人気を集めました。また、萩原聖人と福山雅治と合わせて「新・平成御三家」と呼ばれるほどの人気となっています。

1994年には大ヒットドラマとなった「家なき子」で、安達祐実演じる主人公のすずの担任を演じています。この役では、小学生の時に一家心中を試みた父親によって母親を殺害され、里子に出された過去を持つという教師を演じています。保阪尚希の生い立ちを考えると、どこか他人事とは思えない役だったかもしれません。

また、2000年に腹膜炎・内臓破裂で死にかけるという経験をしており、緊急手術で一命を取り留めています。保阪尚希は手術後に体調を回復しており、現在は画像のように元気な姿で活動を続けています。そして、その中で健康や食生活に関心を持ったことから通販コンサルタントの仕事を初めて、そちらの世界でも大活躍しています。

保阪尚希の結婚と破局

さきほど画像などでも触れましたが高岡早紀は過去に二度の結婚を経験しています。一般女性と離婚し1996年に女優の高岡早紀と結婚した際は二児が誕生しています。2004年6月に高岡早紀と離婚しているものの、子供のためにしばらくは同居生活を継続していたそうです。

この離婚後も同居を続けていた理由は、保阪尚希の生い立ちが関係しており、幼いうちに寂しい経験をさせたくないという思いがあったようです。そのため、少しずつ保阪尚希は家にいる時間を短くしていき、離婚から半年ほど経ってから家を出ているようです。ちなみに、子供たちの親権は保阪尚希になっているそうです。

2007年3月22日には記者会見を開いており、同年4月12日に熊本県合志市の六水院で、仏教における僧侶になるための儀式である「得度」を受けていることを発表しました。そして、両親の33回忌供養のために、仏門に入ることを明かしています。

ただし、保阪尚希は剃髪は行わず、そのまま芸能活動を継続することも発表しています。法名は「尚陽」とのことです。そして、翌年に両親の供養が終わったという理由から、法名を返納しており、僧侶としての活動は終えています。

松雪泰子の結婚した元旦那は門脇学!離婚の原因や子供について調査 | Luupy[ルーピー]

高岡早紀と保阪尚希のその後

ちなみに、高岡早紀と保阪尚希が共演したドラマというものがあります。ひとつは1994年に放送されたドラマ「毎度ゴメンなさぁい」であり、松雪泰子と保阪尚希はお隣さんの役で共演しています。また、ドラマの中ではかなりケンカするシーンが多く、ドラマの見どころでした。

1995年にはドラマ「毎度おジャマしまぁす」でも共演しており、このときは高岡早紀と保阪尚希が兄妹役で共演しています。

近年の画像とそれぞれが選んだ道

最後に近年の画像と合わせてそれぞれが選んだ道を紹介します。松雪泰子は2018年4月から放送が開始されたNHK連続テレビ小説「半分、青い」に出演しています。保阪尚希以外には、河村隆一やドラマーの沼澤尚、また俳優の堤真一とも噂になっています。

そして、ヒップホップグループの「Song Riders」のリーダーであるKG-K9shotと熱愛交際になっていたものの、結婚を望んだ相手に対して松雪泰子はそれを受け入れることはなかったようです。一部では、同じ事務所にいた弟たちの生活の面倒を松雪泰子が見ていたと言われています。

KG-K9shotはまだまだ安定して生活できるほどの知名度ではなかったこともあり、結婚して旦那の生活の面倒まで見るということは出来なかったようですね。

保阪尚希に関しては画像のように通販王として有名になっており、画像のような一風変わった生活になっています。また、現在は2004年ごろから交際している石川加奈子という女性と交際しているようです。元グラビアアイドルでレースクィーンとしても活動していたようですね。

事実婚状態のようで14年ほど同棲を続けているようです。出会いは保阪尚希がレーサーとして活動していたころにサーキットで出逢ったことがきっかけだったようですね。2018年にも二人で共演する姿を見せるなど、その関係はオープンなものにしているようです。

かつては熱愛画像を週刊誌で披露していた松雪泰子と保阪尚希。破局後はそれぞれ違う道を選んだものの、幸せな生活を送っているようです。シングルマザーとして立派に子供を育て上げている松雪泰子と、壮絶な生い立ちを乗り越えて事実婚状態の保阪尚希。プライベートがオープンな二人だけに、その恋愛遍歴はとても興味深いものでしたね。

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