ロバート・レッドフォードが俳優業から引退!出演作品や今後の活動は?

「明日に向かって撃て!」を中心に様々な作品に出演してきたロバート・レッドフォード。現在81歳となったロバート・レッドフォードはついに俳優業から引退することを発表しました。歴代の出演作品や今後の映画監督としての活動、そして引退について調査しました。

目次

  1. ロバート・レッドフォードが俳優業からの引退を表明
  2. ロバート・レッドフォードが出演した作品たち
  3. 「明日に向かって」で一躍スターの仲間入りを果たした
  4. 映画監督としても活躍したロバート・レッドフォード
  5. 引退に至るまでのロバート・レッドフォード
  6. 引退の理由とは

ロバート・レッドフォードが俳優業からの引退を表明

ロバート・レッドフォードといえば映画「明日に向かって撃て!」を始め、多くの映画に出演していきた名俳優です。そのはにかんだような笑顔がチャームポイントであり、ハリウッド映画の歴史にその名を刻む人物です。

また、俳優として多くの出演作品があるだけでなく、監督としてもアカデミー賞を受賞しており、ハリウッドで初めて「演技と製作の双方で地位を確立した映画人」と呼ばれるほどの人物です。

そのロバート・レッドフォードが80歳を越え、ついに俳優業からの引退を表明しました。そんなロバート・レッドフォードの今後の活動や、俳優として出演した作品や、監督として関わった作品について紹介します。

ロバート・レッドフォードが出演した作品たち

ロバート・レッドフォードは1936年8月18日生まれで現在81歳です。本名はチャールズ・ロバート・レッドフォード・ジュニアになります。アメリカ合衆国カリフォルニア州サンタモニカ出身で、俳優や映画監督、また映画プロデューサーとして活動しています。

カリフォルニア州サンタモニカに生まれたロバート・レッドフォードは、父親の仕事の都合でバンナイズに移ったそうです。そして、バンナイズ高校に入学し、クラスメイトにはメジャーリーグの投手になるドン・ドライスデールがいました。

ロバート・レッドフォードは実は野球の特待生だった

高校を卒業したロバート・レッドフォードは、野球の特待生としてコロラド大学に進学しており、投手として活躍していました。しかし、ロバート・レッドフォードは未成年での飲酒が発覚したことから、特待生としての資格を失い、そのことを理由に中退しています。

大学を中退したロバート・レッドフォードは、画家の道を志してヨーロッパに渡り放浪生活を送っていました。しかし、画家として大成することはなく挫折しアメリカに戻ることになります。アメリカに戻ってからは、ユタ州に移住しており、アメリカ演劇アカデミーで舞台美術を学ぶようになります。

舞台美術を学んでいたロバート・レッドフォードは、途中から俳優に転向しており1959年にブロードウェイデビューを果たしています。

「明日に向かって」で一躍スターの仲間入りを果たした

俳優デビューを果たしたロバート・レッドフォードですが、当初はテレビドラマや舞台で小さな役を経験する程度で、1962年に初めて映画出演を果たしたものの、大きな役に恵まれることはありませんでした。そのため、ロバート・レッドフォードは長年に及びぶ、下積み生活を余儀なくされています。

そういった中で、ロバート・レッドフォードは1969年にアメリカン・ニューシネマの傑作「明日に向かって撃て!」に出演し、この作品が興行的に大成功を収めることになります。これがロバート・レッドフォードの人生を大きく変えるものになり、知的で信頼性があり、時には冷淡な雰囲気を醸し出すこともある俳優として一躍スターの仲間入りを果たしました。

出演作品の「明日に向かって撃て!」とは

この明日に向かって撃て!という作品は、実在の銀行強盗ブッチ・キャシディとザ・サンダンス・キッドをモデルにした物語です。この作品では、特にラストシーンのストップモーションが映画史に残る名シーンとして語り継がれています。

日本では1970年2月に公開され、2003年にアメリカ国立フィルム登録簿に登録されており、アメリカン・ニューシネマの傑作のひとつになります。

実はこの作品は、当初はポール・ニューマンとスティーブ・マックイーンが折半して、ゴールドマンから脚本を買い取ったもので、ポール・ニューマンがザ・サンダンス・キッド役で出演する予定でした。

しかし、スティーブ・マックイーンが都合がつかなくなると、ジョージ・ロイ・ヒル監督の勧めでポール・ニューマンがブッチ役となり、ザ・サンダンス・キッド役にポール・ニューマンの勧めで無名だったロバート・レッドフォードが起用されたのです。

西部劇作品としても映画史に残る傑作作品

映画の舞台は1890年代の西部が舞台になっており、西部開拓が一段落した中で新時代の波が現れ始めたころに、二人の名を馳せた荒くれ者が現れるストーリーになっています。実在するブッチ・キャシディとザ・サンダンス・キッドを中心に物語は展開し、ザ・サンダンス・キッドは美男で早打ちの名手となっています。

家畜を盗み、銀行強盗を働く二人は、次第にお尋ね者となっており、駆けつけた警察隊に追い詰められてしまうことになります。史実ではボリビアで死亡に至っているものの、本当にその死体が2人のものであるか不明であるなど、様々な伝説がストーリーにも影響しています。

映画監督としても活躍したロバート・レッドフォード

ロバート・レッドフォードは、この作品でスター俳優になったあとは、1970年代のハリウッド屈指の美男俳優として数多くの作品に出演しています。そして、ロバート・レッドフォードは俳優としてだけでなく、映画監督として多くの作品を残しています。

1980年には初めて監督を務めた作品「普通の人々」でアカデミー監督賞を受賞しており、ハリウッドで初めて「演技と製作の双方で成功を収めた映画人」として話題になりました。

1981年にはユタ州のパークシティに、若手映画人の育成を目的としたサンダンス・インスティテュートを設立しています。ロバート・レッドフォードは優秀なインディペンデント映画とその製作者を世に送り出すために「サンダンス映画祭」も開催しています。

このように多くの作品に出演する俳優であると同時に、映画監督として作品を生み出しながら、その後進の育成に尽力しているわけです。

近年も引退せず俳優としての演技力は衰えなかった

2013年に第66回カンヌ国際映画祭のコンペティション外で上演された「オール・イズ・ロスト~最後の手紙~」における演技が高い評価を得ました。この作品での演技は批評家と観客の双方から絶賛される作品となっており、円熟したロバート・レッドフォードの演技力は衰えを感じさせないものとなっています。

また、同年にサンタバーバラ映画祭においてアメリカン・リヴィエラ賞を受賞し、2016年には大統領自由勲章を受賞しています。

このように近年まで、俳優業を引退することはなく、年齢を重ねても俳優としても作品に出演し続けていました。若いときのパワフルな演技は、年齢を重ねるに連れて、その立ち姿だけでも物語を重厚な雰囲気にさせるという、映画史において変えの利かない人物へと成長しています。

引退に至るまでのロバート・レッドフォード

ロバート・レッドフォードは俳優として、自身が出演する作品を決めるときは「物語」、「役柄」、「葛藤」といったものを重視するそうです。ロバート・レッドフォードの「明日に向かって撃て!」以外の作品の中で有名な「追憶」当初は出演を断っていたそうです。

というのも、ロバート・レッドフォードは追憶の脚本をチェックし、自らの役柄を確認するとひたすら二枚目な役柄だったことに疑問があったようです。ロバート・レッドフォードが求めたのは「弱点のある役」だったそうです。

ロバート・レッドフォードは自分が見た目で評価されていることを気にしており、自分も完璧な人間ではなく、心の中に不安や葛藤を抱えている人間だということを、知ってほしいという思いがあったようです。

そういった経緯から、追憶の脚本は何度も変更が行われたそうです。そして、その役柄は葛藤を抱えながら成長していく、重厚な人間ドラマへと変貌していたようです。ロバート・レッドフォードは名俳優として支持されているのは、そういった人間らしさを大切にする姿勢があるからだと言えるかもしれません。

演じる役柄は完璧な人間ではない

ロバート・レッドフォードはその後も「白銀のレーサー」や「大いなる勇者」、「コンドル」、「ブルベイカー」など、どこか人間臭く、完璧ではない役柄が目立ちます。そこには、ロバート・レッドフォードが自ら自身をヒーローのような扱いをしてもらうのではなく、普通の人間であることを理解して欲しいという思いもあったようです。

常に演じる役柄は、葛藤を抱えながら、その葛藤の中でひたすらその先の希望に向かって戦い続けるような役柄が多かったのです。

ロバート・レッドフォード自身が両親は再婚ということもあり、義理の兄がいました。決して裕福とはいえない家庭の中で、年齢の近かった義理の兄とは仲が良く、イタズラをして遊ぶような子供時代だったそうです。

先述したとおり、野球の特待生としては不祥事を起こしており、美術方面もうまく入っておらず、常に成功と挫折、そして葛藤を抱えてきた人生でした。スターであっても普通の人間とは何も変わらない。そういった部分を隠さない人物だったともいえます。

自らの人生と映画を重ね合わせたような生き様

1975年に出演した「華麗なるヒコーキ野郎」では、一部はスタントマンを使ったものの、高度1800メートルの上空で複葉機の翼の上を歩いています。

これは、子供の頃にロバート・レッドフォードが兄とビル登りをしたことが、後のクライミングの趣味に繋がっており、映画のシーンでも自ら挑戦することに繋がっているのです。

また、ロバート・レッドフォードは自分の作品を進んで見ることは無いそうで、アカデミー賞を受賞した1973年の「スティング」も、たまたま孫とレンタルビデオで借りて見たそうです。

引退という言葉を感じさせないバイタリティ溢れる人物

監督としてのロバート・レッドフォードは、俳優としての政治的なものや社会的なものが多い作品とは違って、人間の行動や感情を描いたものが多いという特徴があります。

あえて、監督として必要な撮影用語は覚えず挑戦を始めたそうですが、現場に入るとそういったわけにはいかなかったようで、絵コンテを自ら描いて指示を出す方法を利用したのだとか。

一般的な映画のイメージであるカチンコが鳴って撮影が始まるという形は取らないようで、非常に自然な流れでカメラがまわるそうです。ロバート・レッドフォードの俳優としての実績が、出演する俳優陣たちの支えにもなっており、監督としての一つ一つの言葉に重みや信頼感があるそうです。

また、先述した後進の育成のために作られたサンダンス・インスティテュートも、「明日に向かって撃て!」のギャラで購入した自然を満喫するための場所でした。しかし、監督をするなかでインディーズ系の映画人の苦労を知ったことで、彼らのための非営利な場所を提供することが始まります。

当初は0.8ヘクタールだった土地も、現在は2000ヘクタールにまで大きくなっており、コーエン兄弟やジム・ジャームッシュ、スティーブン・ソダーバーグ、クエンティン・タランティーノなど多くの人物がサンダンス映画祭から発掘されていくことになります。

引退の理由とは

ロバート・レッドフォードの引退が噂されるようになったのは、80歳のときに製作が進んでいた2作品に出演するという話のときでした。ロバート・レッドフォードはこの2作品に出演した後に、俳優業から引退する考えを示唆していたのです。

そういった中でロバート・レッドフォードは2018年8月に「ジ・オールド・マン&ザ・ガン」が自らの最期の作品になることを発表しました。あくまで引退は「絶対ではない」とは前置きしたものの、前向きにポジティブに別のことに取り組みたいという気持ちを表明したようです。

俳優業を引退しても監督としては引退する予定はなく、俳優業を引退して監督業に専念する形になる可能性が高いようです。私生活では72歳の時に、長年に渡り同棲していた21歳年下のシビル・ザガーズと結婚もしています。

言葉にはしないまでも、引退の理由の中には体力の衰えもあるようです。近年の引退説が流れるなかで、ロバート・レッドフォードの体重がかなり落ちて、皮膚のシワなどが非常に目立つようになっていました。引退を宣言してからも復帰する俳優たちは多く、ロバート・レッドフォードの言う通り引退は絶対のものではないという可能性はありそうです。

引退して芸術関係の仕事の可能性も

また、ロバート・レッドフォードは俳優業を引退した後は、アーティストとしての活動もあるようです。過去に芸術家の道を目指したこともあり、引退して「絵を描く」ということも諦めていないようです。

ロバート・レッドフォードは、自分の性格をせっかちな人間と評しており、撮影現場でぼーっとしたり、何度もテイクを重ねることがつらいという部分もあったようです。何かをやりたいと思ったらじっとしているのではなく、命ある限り、最後まで挑戦し続けたいという気持ちがあるようです。

21歳から俳優として活動していただけに、俳優としてはやりきったという思いもあるのかもしれません。しかし、一部ではまだ今後も作品の予定はあるという噂も出ており、完全引退となるかが気になるところです。また、監督業は引退するわけではないので、今後の作品がどのようなものになるかを期待して注目していきましょう。

関連するまとめ

記事へのコメント

気軽にコメントしよう!

※コメントは承認後に公開されます。

アクセスランキング

人気のあるまとめランキング

新着一覧

最近公開されたまとめ