青田典子の現在は?玉置浩二との馴れ初めや結婚生活・子供を調査

元C.C.ガールズのメンバーでタレントとして活動している青田典子。その青田典子は歌手の玉置浩二と結婚しています。そんな旦那である玉置浩二との馴れ初めや、子供の存在について調査しました。青田典子は玉置浩二と結婚して幸せな生活を送っているのでしょうか。

目次

  1. 青田典子の現在や玉置浩二の馴れ初めとは
  2. 青田典子のプロフィール
  3. 高校に進学して人生が変わった青田典子
  4. C.C.ガールズのリーダーとして活躍
  5. 青田典子は過去に結婚していた
  6. 青田典子と玉置浩二の結婚と子供
  7. 玉置浩二の現在までの経歴
  8. 気になる青田典子との子供やその結婚生活

青田典子の現在や玉置浩二の馴れ初めとは

C.C.ガールズのメンバーとして活躍し、女優としての活動もしているタレントの青田典子。そんな青田典子は何かとお騒がせな歌手の玉置浩二と結婚しています。

結婚してからも青田典子と玉置浩二は何かと話題になる夫婦ですが、その結婚生活は順調なのでしょうか。青田典子と玉置浩二の結婚生活、そして気になる子供の存在、そして二人の馴れ初めについて調査してました。

青田典子のプロフィール

青田典子は1967年10月7日生まれの現在50歳です。愛媛県松山市出身で旧姓は森田で結婚した現在の本名は玉置典子です。アイドルグループのC.C.ガールズのメンバーで、女優としても活動するタレントです。

バブル時代を象徴するタレントでもあり、そういったバブル時代を彷彿とさせる言動から「バブル青田」というニックネームで呼ばれることもあります。そして、青田典子の家族構成は両親と兄がいるそうです。

おおっぴらなキャラクターが印象的な青田典子ですが、幼少期は厳格な父親のもとで育ったそうです。父親は酒もタバコも女遊びもしない人物だったようで、逆に母親は宝塚に行きたいという夢を持っており、芸能界にも興味があったそうです。

そういった性格の両親はやはり性格の不一致が原因だったのか、青田典子が9歳のときに離婚をしています。そして青田典子は父親に引き取られたそうです。その後に父親は再婚しているのですが、父親は41歳で新しい母親は18歳だったそうです。

父親は若い女性と結婚した

青田典子は新しい母親のことを「お姉ちゃん」と呼んでいたそうで、自分と9歳しか年齢の離れていない母親はとは姉妹や友達という感覚に近かったのかもしれません。青田典子の兄は父親にな厳格なタイプだったそうで、現在は医者になっているようです。

青田典子は松山市立津田中学校に入学しています。そして、中学二年生のときに父親の仕事の関係で東京に引っ越しています。父や継母に気を使うようになっていた青田典子は、今度は東京という新しい土地での生活にかなり苦労していたようです。

言葉遣いの違いなどから次第にいじめにあうようになり、家庭にも学校にも居場所がなくなり、自分の殻に閉じこもような生活になってしまったそうです。豪快で明るいイメージのある青田典子ですが、当時は友達といえる存在もおらず死ぬことを考えたこともあるそうです。

高校では東京都立八王子東高等学校に進学しており、都内でもトップクラスの進学校に入学しています。東大などに進学している生徒も多く、当時の青田典子はとても成績が良かったそうです。実際は、勉強をすることだけが、青田典子が唯一他のことを忘れることができる時間だったのかもしれません。

高校に進学して人生が変わった青田典子

以前とは違っていじめなどからも解放されて気持ちの余裕が出たのか、青田典子は自然と男性に興味を持つようになったのだとか。そして、勉強だけが人生でないと考えた青田典子は、自分磨きを始めるようになりました。鏡の前に立って、より美しい自分を目指すようになったそうです。

同時に勉強する時間は削られていくことになり、そのことを父親から注意されることもあったようです。そのことがさらに親子の関係をぎくしゃくとさせてしまい、あまり口をきかないような関係になったようです。

短大への進学が決まっていた中で、青田典子は渋谷に遊びに行き、そこで芸能界へのスカウトを受けています。もちろん、厳格だった父親はそのことに猛反対しており、青田典子は高校を卒業すると同時に勘当されて家を出ることになりました。

芸能界入りと同時に父親に勘当された

家を飛び出た青田典子は、昼はモデルの仕事をして、夜はイタリアンレストランのアルバイトをして生計を立てていたそうです。少しずつ仕事でも実績を残していった青田典子は、モデルによる女性グループの一員として活動するようになったり、ヌードモデルに挑戦して雑誌のグラビアの仕事も行っていたそうです。

この頃はフジテレビの深夜番組「オールナイトフジ」に女性グループ「シーエックス」に本名の森田典子としてレギュラー出演していました。その後も、仕事の種類によって「森陽子」や「森田典子」名で仕事していたようです。

そして、1990年にオスカープロモーションが主催したコンテストで「日本美人大賞」の準グランプリを受賞しました。翌年からは芸名の青田典子に改めて、先程のコンテストの上位者で集められた「C.C.ガールズ」に参加してました。青田典子はこのC.C.ガールズでリーダーを務めています。

C.C.ガールズのリーダーとして活躍

このグループの中では「てんこ」という愛称で親しまれており、日本テレビ音楽祭新人賞やゴールデン・アロー賞グラフ賞、1994年にJAL沖縄キャンペーンガール、1995年にハットグランプリ特別賞を受賞するなど、まさに大活躍しています。

C.C.ガールズは青田典子、原田徳子、藤原理恵、藤森夕子の4人で結成されており、歌手やバラエティ番組で活躍しています。グループ名の由来は「COOL」と「CLASSY」からきており、グールで高貴なイメージを持つ美人達という意味から名付けられました。

しかし、その後はメンバー同士の不仲などが原因でメンバーの入れ替えが繰り返されており、浜野裕子、本杉美香、森洋子、山田誉子の4人で2代目C.C.ガールズが結成されています。青田典子は1998年11月にC.C.ガールズを卒業しており、結果的には初代のメンバーの方がイメージが強かったこともあり、2代目も2003年に解散しています。

一応、オスカープロモーションとしてはC.C.ガールズという名義自体は残しており、3代目となる新しいメンバーを募集するという噂が2004年ごろに流れたものの、その後の動きは確認されていません。

ソロになった青田典子

1998年11月にグループを卒業した青田典子は、その後はソロで女優やタレントとして活動を開始しました。Vシネマに出演することが多く、映画ではヒロインクラスの役を演じています。また、その明るく頭の回転が速い青田典子はバラエティ番組のMCを務めることも多くありました。

2004年ごろからバラエティ番組「ロンドンハーツ」に出演するようになり、その番組の人気コーナー「格付けしあう女たち」では、強烈なキャラクターを開花しています。

番組では「L'amant青田」や「バブル青田」などのあだ名で呼ばれており、2005年のスペシャル回では、バブルを代表する画家のラッセンにヌードの絵も描いてもらっているのです。また、同コーナーでは青田典子の決め台詞「ジーザス・クライスト」が視聴者の笑いを誘い人気になりました。

その人気にあやかり2007年4月から「孤独の賭け~愛しき人よ~」や「地獄の沙汰もヨメ次第」、「ドリーム☆アゲイン」と3クール連続でドラマ出演も果たしています。バブル再来を感じさせるキャラクターで、明るく豪快なトークが若者からも支持されるようになりました。

「バブル青田」としてCDデビューも

もともと歌手志望だったという青田典子はC.C.ガールズとして曲をリリースするだけでなく、ロンドンハーツの企画で「バブル青田」としてソロCDデビューを果たしています。そして、このプロデュースを担当したのが、田村淳と同じく吉本興業に所属していた小室哲哉だったのです。

小室哲哉は全盛期だった1997年の未発表曲を青田典子に提供しており、青田典子のカラオケの十八番である安室奈美恵の楽曲「Chase the Chance」を作詞した前田たかひろが作詞を担当してくれています。そして、タイトルは「ジーザス」でした。

CDの製作が進む中で、青田典子はカラオケBOXで練習したり、カウンターテナーの米良美一などからボイストレーニングも受けています。そして、CDリリース会見では、同じロンドンハーツで共演している熊田曜子もCDデビューすることが発覚し、二人は売上で対決することになりました。

青田典子が負けた場合は故郷で「ジーザス」を披露するというものになっており、結果は青田典子12位で熊田曜子は15位となり、熊田曜子が故郷の岐阜で歌を披露しています。また、青田典子は幕張メッセでデビューライブを行うという特典を得ました。

曲の振り付けはTRFのSAM、ETSU、CHIHARUが担当しており、ジュリアナ時代に流行ったジュリ扇を使ったダンスとなっています。また、ケビン山崎のジムでダイエットを行いウエストを68センチから60センチに絞っています。ちなみに、ジャケット写真は時間がなかったという理由で青田典子の運転免許証の写真が使われています。

青田典子は過去に結婚していた

現在の青田典子といえば玉置浩二との結婚が有名ですが、実は現在に至る前の2007年5月に結婚歴があることが女性週誌で報じられました。その結婚歴は2004年11月に1歳年下の実業家と結婚したものの、翌年10月には離婚していたというものでした。

オスカープロモーションはその記事を認めており、当時はそれほど重要な出来事ではなかったため報告が先延ばしになったとッ釈明したようです。また、青田典子も旦那とは離婚してからもお互いの家を行き来するような恋人状態の関係を継続していたことも明かしました。

旦那との男性との出会いは、青田典子がC.C.ガールズを卒業してからソロの活動に苦しんでいたころに出逢ったそうです。自分を支えてくれる男性と次第に良い関係になり結婚をしたものの、結婚式や披露宴は行っておらず、ごく一部の親しい友人にだけ旦那との関係を報告したそうです。

実業家の旦那とは円満離婚

都内の高級マンションで一緒に暮らしていたようですが、青田典子がロンドンハーツで人気になり仕事が忙しくなるとすれ違いが生まれるようになったそうです。また、青田典子自身が実生活と番組のキャラクターのズレに違和感を抱くようになり、精神的に不安定なときもあったのだとか。

そして、お互いが自由な立場に戻ることでより良い関係になるという理由から離婚を決意しています。青田典子にとっては世界で一番良いパートナーとなっているそうで、玉置浩二と結婚してからは不明ですが、離婚しても良い関係を続けていたようです。

また、旦那との間には子供はおらず、そういった子供が居なかったことも結婚関係を解消しやすかった点かもしれません。旦那と離婚してからも良い関係を築けるあたりが、いかにも青田典子らしいともいえますよね。

青田典子と玉置浩二の結婚と子供

青田典子は2010年5月に安全地帯のメンバーである玉置浩二との交際が発覚しました。そして、翌6月には玉置浩二を献身的に支えたいという理由から芸能活動を休止し、2010年7月に玉置浩二との結婚を発表しました。

青田典子と玉置浩二は9歳の年の差があり、いろいろとトラブルが多い玉置浩二との結婚発表だけにその関係は長続きしないという声が多かったようです。玉置浩二は過去に3度の離婚歴もあります。その離婚理由もDVや浮気が原因と言われており、青田典子も同様の理由で離婚する可能性もあったわけです。

玉置浩二との馴れ初め

意外な結婚撃ですが、実は青田典子と玉置浩二は20年以上前に一度恋人関係にあったそうです。しかし、半年ほどで破局しています。そんな二人が結婚に至った馴れ初めは、玉置浩二が突然「会いたい」と青田典子に連絡をしたそうです。

どうやら青田典子はとあるTV番組で「運命的な出会いがある」という占い結果も出ていたそうですが、本当に突然すぎる連絡だったようですね。そんな占いを信じたのかは分かりませんが、実際に再会した二人は半年も経たないうちに結婚を決めています。

過去に交際歴があったとはいえ、その馴れ初めには驚かされますよね。この馴れ初めから玉置浩二は4度目の結婚に至っており、青田典子にとっては2度目の結婚となりました。また、馴れ初めだけでなくプロポーズも玉置浩二の方からだったようです。

デートをしているときの車の中で、シンプルに結婚しようという形でプロポーズしたようですね。馴れ初めにしてもプロポーズにしても突然だったようですが、二人は無事結婚して、現在も関係が続いています。

玉置浩二の現在までの経歴

では、現在は青田典子の旦那となった玉置浩二ですが、その現在までの経歴もチェックしておきましょう。玉置浩二は1958年9月13日生まれの現在59歳です。

北海道旭川市出身で、ロックバンドの「安全地帯」のボーカルです。その結婚歴は一般女性、薬師丸ひろ子、キーボード奏者の安藤さと子と3度の離婚歴があります。また、2009年2月25日には女優の石原真理と婚姻届を提出したものの、石原真理が旦那との離婚が成立しておらず受理されませんでした。

また、玉置浩二の子供に関しては最初に結婚した一般女性との間に一人子供が居ると言われています。しかし、石原真理との不倫が原因でその女性とは離婚したようですね。子供はその女性が親権を持っていると思われます。

また、薬師丸ひろ子と結婚した際も、子供がいないと人間的な成長が得られないと考えていたようで、子供自体は考えていたようです。しかし、最初の結婚以外では子供に恵まれていないようですね。

安全地帯を結成し現在も活動中

玉置浩二は1971年に旭川市立神居小学校を卒業し、旭川市立神居中学校に入学して野球部に入部しています。そして中学二年生のときに転入生の武沢豊と同級生になり、1973年に武沢豊と二人でロックバンド「安全地帯」を結成しています。

1974年に北海道旭川農業高等学校に入学し、1981年に井上陽水のバックバンドとして上京しています。そして、玉置浩二は1982年2月25日に「萠黄色のスナップ」で安全地帯としてメジャーデビューを果たしました。

1983年に同郷の一般女性と結婚しており、馴れ初めは北海道に戻ったときに出逢ったと言われていますね。1986年には映画「プルシアンブルーの肖像」で俳優デビューを果たしましたが、離婚も経験しています。

その後、ソロデビューを果たし1991年に薬師丸ひろ子と再婚しています。このときの馴れ初めはシングル「胸の振り子」の作曲を担当したことが馴れ初めとなったようです。1998年に薬師丸ひろ子と離婚し、軽井沢町に移住。1999年には、ツアーバンドの一員でキーボード奏者の安藤さと子と再婚しています。

一時期は病気のため活動休止も

2002年に約10年ぶりに安全地帯の活動を再開したものの、2003年に活動を休止しています。その後はまたソロ活動に専念したものの、2007年12月1日に安藤さと子と離婚しています。また、2008年に急性膵炎のため病気療養に入り活動を休止しています。

2009年に先述の石原真理との婚姻騒動が起き、同年に破局も報道されています。そして、2010年1月8日に6年ぶりの安全地帯の活動再開、同年7月16日に青田典子との再婚という大きなニュースが続きました。

ミュージシャンとしての玉置浩二の才能

玉置浩二は作曲や作詞、またギターを中心とした楽器演奏をマルチにこなすミュージシャンです。同じミュージシャンの山下達郎から「日本で最も過小評価されているミュージシャン」と名前があがるほど、そのミュージシャンとしての活動は素晴らしい経歴を誇っています。

どうしても、ミュージシャンとしての活動以上に、その破天荒なプライベートが注目されてしまうことが多いようですね。ボーカリストとしてもMr.Childrenの桜井和寿や徳永英明、コブクロの黒田俊介からも尊敬される存在のようです。

また、EXILEのATSUSHIは音楽番組で玉置浩二と共演したところ、その歌唱力に圧倒されて、玉置浩二の自宅マンションを訪問して歌唱指導を受けたというエピソードもあります。ミュージシャン同士との交流も盛んで、芸能界で玉置浩二ファンを名乗る人も多いです。

そしてミュージシャンとしてだけでなく俳優としての演技力も高く評価されています。1996年にはNHK大河ドラマ「秀吉」に足利義昭役で出演しており、そのこだわりぬいた演技も話題になりました。2005年に放送された「あいのうた」では、病魔に侵されていく警察官を演じるため10キロの減量も行っています。

気になる青田典子との子供やその結婚生活

青田典子の旦那である玉置浩二は、その離婚歴からいろいろと心配されることも多いようです。青田典子は旦那としてとても大切な存在に感じているようで、旦那をうまく手のひらで転がすような関係だと言われています。

時には撮影に行きたくないとクローゼットに閉じこもる旦那を、あえて無視して旦那から話しかけてくるまでじっと待つこともあったそうです。また、病気のため一ヶ月半ほど禁酒することになったときは、青田典子も一緒に禁酒するなど、アメとムチをうまく使い分けるような関係のようです。

馴れ初めだけ聞いていると、旦那主導の結婚生活に感じられますが、実際はうさぎのようい一人では生きていけないタイプな旦那を、青田典子がいつも寄り添ってあげるような関係のようです。そのため、二人には子供もおらず、熟年夫婦のような関係のようですね。

また、現在の青田典子は芸能活動を再開しており、玉置浩二が仕事が出来ないときに代わりに家計を支えるために仕事をしているようなスタイルのようです。非常にプロフェショナルなタイプの玉置浩二は、音楽にかける情熱やこだわりはすごいようで、そんな姿を尊敬しているそうです。

献身的な青田典子の支えがあってこそ

そして、青田典子は現在は玉置浩二のツアーにほとんど連れ添っているそうで、玉置浩二が音楽に集中できるのも青田典子の支えがあるからだといえますね。馴れ初めや子供の話など、いろいろと話題になることも多い二人ですが、献身的な青田典子の存在はキーマンになっているわけです。

現在は、玉置浩二とチェリーという名前の犬と一緒に幸せな生活を送っているそうです。時々、トークショーのようなイベントを開いて、結婚生活や一時期のバラエティ番組の裏話を話すことが多いようです。また、一緒に出演していた杉田かおると、当時と現在の自分たちの変化を語ることも多いようです。

その結婚の馴れ初めを中心に、ワイドショーで話題になった二人ですが、今は一応落ち着いているようですね。玉置浩二も2017寝には安全地帯デビュー35周年とソロデビュー30周年を記念したアルバムをそれぞれリリースしており、全国ツアーも行っていました。

また、2018年にはオーケストラコンサートを行い、モナコ少年合唱団とともに名曲を歌うなど、大人なライブも行っているようです。年齢を重ねてさらに深みが増した歌声は、変わらずファンから高い評価を得ていますね。

子供のように天真爛漫な行動が多い玉置浩二を、青田典子がうまくコントロールしている関係だったのは驚きです。アメとムチをうまく使いながら、うさぎのような玉置浩二との結婚生活を円満に送っているのが素敵ですよね。プロフェショナル玉置浩二を支える、青田典子の活躍を応援していきたいですね。

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