沖縄県の翁長知事がすい臓がんで死去!次期沖縄県知事の候補は誰?

普天間基地の県内移設に反対を訴え続けた翁長知事。その翁長知事がすい臓がんが原因で67歳という若さで死去しました。就任してから4年近く、政府との話し合いを続けてきた翁長知事の死去は沖縄県民にとってどのような影響があるのか。その経歴と今後の候補についてまとめました

目次

  1. 沖縄県の翁長知事が死去で次期候補はどうなるのか
  2. 死去した翁長知事の経歴
  3. 翁長知事の政治姿勢
  4. 死去の原因となったすい臓がん
  5. 翁長知事の死去で後任候補はどうなる
  6. 翁長知事の想いを引き継げる候補者擁立が望まれるが

沖縄県の翁長知事が死去で次期候補はどうなるのか

「普天間基地の県内移設」に反対を訴え続けた翁長知事。その翁長知事がすい臓がんが原因で67歳で死去しました。就任してから4年近くに渡って政府と交渉を続けてきた翁長知事ですが、その死去には沖縄県内からも惜しむ声があがっています。

翁長知事という大きな存在を失ったことで、今後沖縄県がどのように政府と話し合いを続けていくのかが注目となりそうです。翁長知事の方針を引き継いだ候補が選ばれるのか、それともまた違った方針を掲げる候補が選ばれるのかによって、沖縄県の未来も変わってくると言えます。

67歳という若さですい臓がんで死去した翁長知事の経歴と、その翁長が死去して行われる選挙で立候補する候補者たちの情報をまとめてみました。

死去した翁長知事の経歴

翁長雄志は1950年10月2日生まれで2018年8月8日に67歳で死去しました。沖縄県真和志村出身で沖縄県知事として活動していました。

翁長知事の父親は元沖縄県真和志村長の翁長助静で、兄は沖縄県副知事で沖縄県議会議員を務めた翁長助裕です。また、次男は那覇市議会議員の翁長雄治です。翁長知事は翁長助静の三男として生まれており、那覇市立大道小学校を卒業し、那覇市立真和志中学校、沖縄市立那覇高等学校を卒業しています。

1975年に法政大学法学部を卒業しており、1985年に那覇市議会議員に初当選しています。1989年に那覇市議会議員に再選しており、1992年に沖縄県議会議員に初当選しています。沖縄県議会議員時代は普天間基地の辺野古移設を推進していました。

沖縄県議会議員や那覇市長を歴任

2000年に那覇市長に就任しており、那覇市長としては那覇軍港の浦添移転を推進しました。そして、那覇軍港を返還させるとともに、浦添沖を埋め立てて新しい軍港を作り移転もしています。

2014年6月5日に、一部自民党議員から沖縄県知事線立候補要請を受けて出馬を表明し、出馬要請をした自民党議員は離党勧告に従って離党もしています。そして、日本共産党・社会民主党・生活の党・沖縄社会大衆党・県民ネットの県政野党4会派で構成される知事選候補者選考委員会も、翁長雄志に出馬を求める形になりました。

もともと辺野古移設に賛成していた翁長雄志は、辺野古移設推進決議案を可決さえた旗振り役を務めたこともあります。しかし、2014年ごろから県知事選に出馬の可能性が取り沙汰されると、一転して辺野古移設反対に回ったという経歴もあります。

また、那覇市議会議員や沖縄県議会議員、那覇市長時代は一貫して自由民主党に所属していたものの、2014年の県知事選で自民党を離れることを決意し、以降は沖縄県から基地撤去を主張する日本共産党との協力関係にあります。

翁長知事の政治姿勢

翁長知事の県知事選出馬のころからの政治姿勢としては、普天間基地の閉鎖・撤去、県内移設断念、オスプレイ配置撤回が大きな主張になっています。また、どんな手法を駆使してでも、辺野古に新しい基地は作らせないという姿勢になっています。

また、日本の安全保障は日本国民全体で考えるべきであり、米軍基地が沖縄経済発展の最大の阻害要因になっていると主張しています。また、基地建設とリンクさせたような経済復興策は将来に大きな禍根を残すという考えのようです。

2014年に行われた衆議院議員総選挙では、すべての選挙区で現職の自民党候補を破っており、翁長知事が推薦した候補すべてが小選挙区で議席を獲得するという結果を残しています。

他では、沖縄に訪れる外国人観光客の中で最も多いとされる台湾との関係が重要と考えており、翁長知事が度々台湾を訪れています。また、2016年5月に行われた蔡英文の中華民国総統就任式に翁長知事が出席しています。

死去の原因となったすい臓がん

このように常に県民のために戦ってきたという経歴を持つ翁長知事ですが、67歳という若さですい臓がんによって死去しています。この翁長知事の体調不良に関しては、2018年5月15日に公表されています。

翁長知事は同年4月に行った膵臓の腫瘍の病理検査で、ステージ2のすい臓がんであることが発覚したことを公表しており、治療と体力回復を勧めながら公務復帰を目指すことも明らかにしていました。

一時的に公務に復帰したものの、2018年8月8日に沖縄県が記者会見を行い、同月12日まで謝花喜一郎副知事が、同月13日からは富川盛武副知事が職務代理を務めることが発表されていました。このことから翁長知事の体調が危険な状態であると噂されるようになっていました。

進行が早く死去に繋がることの多いすい臓がん

すい臓がんで死去したと言われると思い浮かべるのが2018年1月4日に死去した星野仙一かもしれません。2016年7月に急性膵炎を発症した際にすい臓がんが発覚したものの、この時点で肺にまで転移していました。

2017年12月1日に自身の「野球殿堂入りを祝う会」に出席したものの、その後体調が悪化して年明けに死去したことは記憶に新しいニュースです。あの闘将と言われた星野仙一の命を奪い、沖縄県知事として輝かしい経歴を持つ翁長知事もその病魔には勝つことが出来ませんでした。

こういった精力的な経歴を持つ人の命を奪ってしまうすい臓がんは、進行が早いがんとして有名です。翁長知事も手術を受けてから3ヶ月半後に死去しており、普段の検査でも見つかりにくいがんとして名が知られています。

すい臓という臓器は身体の奥深くにあり、がんが出来てからもその症状が出にくいことが一番のポイントになっています。逆に言えば、症状が出たときにはすでに進行が進んでいることが多く、手遅れになってしまうそうです。

そのため、すい臓は5年の生存率が10%ほどしかないと言われています。翁長知事の場合も、すい臓がんが肝臓に転移し、肝不全による肝性脳症で意識混濁に陥ったと考えられています。

翁長知事の死去で後任候補はどうなる

問題となるのが辺野古の問題と戦い続けてきたという経歴を持つ翁長知事が死去したことで、後任候補がどうなっていくかとうことです。

公職選挙法の規定により、県選挙管理委員会が職務代理者から死亡の通知を受けた日から50日以内に知事選を実施するという決まりがあります。現在の予定では9月中に実施される予定で、普天間基地の移設が争点となり、移設反対と推進派による選挙になると考えられています。

候補者としては、移設を進める政権与党側は、沖縄県宜野座市の佐喜真淳市長が擁立されると言われていますね。また、反対派の候補者は、翁長知事が態度を明確にしてこなかったこともあり、候補者擁立が進んでいない状況のようです。

常に基地反対の先頭に立ってきた経歴の持ち主が死去したことで、反対はの候補者が決まらない状況というのが印象的ですよね。沖縄県民の願いを汲みながら、かつ国と戦っていけるという存在を必要としているだけに、その候補者を決めるのは簡単なことではないようです。

翁長知事の想いを引き継げる候補者擁立が望まれるが

翁長知事は2014年の知事選で「普天間基地の県内移設」に反対を訴えて、対抗馬に10万票以上の差をつけて当選しています。就任から4年近く政府と話し合いを続けてきた存在だけに、その変わりはすぐに見つかるかは難しいところです。

弔い合戦のような形で、翁長知事の意志を継ぐという強いメッセージを明確にできる候補が立候補することができれば、そこに票が集まってくる可能性は高そうです。また、2018年7月27日に仲井眞弘多前知事による名護市・辺野古沖の埋め立て承認を撤回すると表明したばかりで、新しい沖縄県知事も就任後にその対応に追われることになります。

沖縄に基地があることで国からの補助金を受けているという現実の中で、翁長知事はその状況を打破しない限り沖縄に未来はないというスタンスでした。沖縄に観光以外の経済発展の要素を見出し、米軍との関係を断ち切るという姿勢は、今後どの様になっていくのでしょうか。

その想い道半ばで死去した翁長知事。沖縄における意見は今でも分かれ続けており、県知事選の結果によってはさらなる混乱も予想されます。戦後70年が過ぎた日本で、隣国の核問題を含め、沖縄がどのような姿勢で戦っていくのかは注目の点となりそうです。2018年9月に行われる知事選の結果を見守るとともに、改めて翁長知事が目指した沖縄の将来を見つめ直すことも必要になりそうですね。

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