中村嘉葎雄の現在や子供・家系図は!中村獅童との関係や結婚は?画像あり

マツサンにも出演した名俳優の中村嘉葎雄は元歌舞伎役者です。歌舞伎界の名門中村家の出身で中村獅童とも親戚に当たる関係なのだそうです。中村嘉葎雄の子供や結婚の状況などは知らない方が多いのではないでしょうか?調べてましたので見ていきましょう。

目次

  1. 中村嘉葎雄(なかむらかつお)のプロフィール
  2. 気になる家系図について調査してみた
  3. 親戚関係にあたる中村獅童!
  4. 結婚していた中村嘉葎雄
  5. 中村嘉葎雄は中村獅童との親戚関係もあって仲良く活躍中

中村嘉葎雄(なかむらかつお)のプロフィール

・愛称:???
・本名:小川加沙雄
・生年月日:1938年4月23日
・現在年齢:80歳
・出身地:東京都港区
・血液型:A型
・身長:167㎝(デビュー当時)
・体重:52.5㎏
・活動内容:映画・テレビドラマ・舞台
・事務所:嘉葎雄キカク
・家族構成:
中村時蔵(父)
小川ひな(母)
二代目中村歌昇(長兄)
四代目中村時蔵(次兄)
初代中村獅童(三兄)
萬屋錦之介(四兄)
二代目中村獅童(甥)

中村嘉葎雄の経歴

歌舞伎界の名門中村家の中村時蔵(なかむらときぞう)の第9子(5男)として生まれ5歳の時に歌舞伎デビューをしました。その時の名前は「中村賀津雄」です。高校生になると歌舞伎の世界から映画俳優に転向し数々の作品を世に送り出してきた名優です。最近では、NHK「マツサン」守谷長五郎役で出演し、円熟した名演技で評判があります。

中村嘉葎雄の出演映画作品を一挙紹介!

「新・必殺仕置人(ひっさつしおきにん)」での鋳掛屋・巳代松(いかけや・みよまつ)役です。1977年39歳の時の画像です。情に厚く温厚な人柄なのに鉄砲で仕置する役は中村嘉葎雄に最適な役柄であったことから、必殺仕置人シリーズでは、現在でも人気があり、現在でも語り継がれている存在でもあるようです。

中村吉右衛門(なかむらきちえもん)の「鬼平犯科帳」(おにへいはんかちょう)「見張りの糸」で盗賊の頭「堂ヶ原の忠兵衛」を演じた時の中村嘉葎雄の画像です。盗賊の頭と長谷川平蔵(はせがわせいぞう)の人情模様が「鬼平犯科帳」の中でも代表作と言われている一話となっています。他に第一シリーズ第23話「猫じゃらしの女」、第2シリーズ 第7話「霧の七郎」など多数出演しました。

1979年に放映された映画「日蓮(にちれん)」では、主演が「日蓮」の萬屋錦之介(よろずやきんのすけ)、左に日蓮の弟子「日昭(にっしょう)」の中村嘉葎雄で共演した映画です。萬屋錦之助の迫力ある演技が評判で当時映画の配給がベスト入りするほどで現在忘れられないファンも多くいらっしゃいます。萬屋錦之助は中村嘉葎雄の兄です。兄の錦之助に影響を受けて歌舞伎界から映画界に飛び込びました。

兄は東映の大スター中村(萬屋)錦之助!?

萬屋錦之助(よろずやきんのすけ)は、中村嘉葎雄の兄です。東映の大スターとも呼ばれ大人気の俳優です。出演作品は数多く、代表作は『宮本武蔵』『柳生一族の陰謀』ドラマでは『子連れ狼』の拝一刀(おがみいっとう)、『赤穂浪士』の大石内蔵助です。1963年に映画『武士道残酷物語』(ぶしどうざんこくものがたり)ブルーリボン賞を受賞されています。残念ながら1997年3月10日に癌で亡くなりました。

萬屋錦之助の演技力はとても迫力があり、人情味あふれる演技でもあったため、萬屋錦之助の大石内蔵助は、歴代の赤穂浪士の大石内蔵助役を演じたどの俳優より優れた演技だと豪語するファンは多いのだそうです。そんな兄を持つ中村嘉葎雄は、兄とはまた違った味のある演技で高評価されています。

舞台「越前竹人形」が転機で舞台やTVドラマに出演!

中村嘉葎雄が世に出るきっかけは、舞台での「越前竹人形」でした。物語は社会の弱者と言われる立場の人物達の愛と時代背景を描いた作品で、切ない純情な主人公を演じた中村嘉葎雄の評価が素晴らしく、次から次へドラマや舞台や映画に出演依頼は舞い込むようになりました。

中村嘉葎雄の出演した作品は数多くありますが、兄・萬屋錦之助のようなヒーロー的な勧善懲悪な役ではなく、情けのある背中で人生を語るような人間味のある難しい役で定評がありました。色々な役もこなせる幅広さも卓越した演技力で数多くの賞も受賞していきます。受賞した作品をご紹介します。

歌舞伎以外でたくさんの助演男優賞を授賞

1981年日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞した「陽炎座」(かげろうざ)では、中村嘉葎雄は、第27回キネマ旬報賞、報知映画賞助演男優賞をも受賞となりました。鈴木清順監督、松田優作主演の大正ロマンの映像美は「清順映画の真骨頂」とも呼ばれた一作です。

1966年ブルーリボン賞助演男優賞を受賞した『湖の琴』では、水上勉原作の小説を映画化したもので、中村嘉葎雄の初めての水上文学との出会いでした。若い男女の悲恋の純愛物語のなかで高評価を得て受賞となりました。助演男優賞を他にも毎日映画コンクール男優助演賞など数々の受賞を果たします。受賞の際に、中村嘉葎雄は主演は「コウノトリ」で例え自らをこう表現しました。

僕は低い所を飛ぶ鳥でいい。低い所しか飛べない鳥だとしても、それなりにどこかに行きたいというのがあるんです。

気になる家系図について調査してみた

名俳優中村嘉葎雄はプロフィールにもご紹介した通り、歌舞伎界の家系です。兄は萬屋錦之助ですが、ほかにも著名な歌舞伎役者はたくさんいます。現在の家系図をもとにご紹介してまいりましょう。

中村一門の繁栄は祖父の三代目中村歌六の代から

中村嘉葎雄の中村一門の繁栄は、家系図の頂点、祖父の三世目「中村歌六(なかむらかろく)」が築き上げたと言っても過言ではありません。現在の歌舞伎演技の発祥とされる三代目歌六の演技は女形から老人の役までオールマイティだったそうです。屋号である播磨屋の元祖とも評される芸風を生み出しました。ちなみに歌舞伎界では亡くなった方は「~代目」から「~世目」と変えるそうです。

父時蔵の兄弟には中村勘三郎、中村吉右衛門がいる!

歌舞伎の世界では、家系図のとおり名前は世襲制です。中村嘉葎雄の父の弟(叔父)には17世の中村勘三郎です。画像の後ろのポスターの眼鏡をかけた方です。立役(男役)・女形をともにこなす名優でした。18世の中村勘三郎は、歌舞伎界の革命児と呼ばれた伝説の歌舞伎役者でも知られています。前に立つ二人は右が18世勘三郎の長男の六代目中村勘九郎で、左が次男の二代目中村七之助です。

中村嘉葎雄の父の兄(伯父)は、初代中村吉右衛門です。「鬼平犯科帳」の長谷川平蔵を演じた中村吉右衛門の養父です。兄の子供に男の子が出来ず、中村幸四郎の子を養子に迎えたそうです。上の画像は初代が昭和26年に文化勲章受章した時の画像です。ほかに昭和22年に日本芸術院会員にもなっていて近代歌舞伎を代表する一人でもあります。

上の画像は2代目中村吉右衛門の画像です。中村嘉葎雄にとっては戸籍上従兄弟にあたります。歌舞伎のファンでなければ、名前だけではどの世代の方か検討が付きにくいので家系図を基に参考にして頂けるとなんとなくお分かりになるかと思いますが、歌舞伎界だけではなくドラマなどに出演されている有名な親戚がたくさんいらっしゃるのがご理解いただけるのではないでしょうか?

中村嘉葎雄の兄には萬屋錦之助や中村獅童の父たちが

中村嘉葎雄の兄は、先ほどご紹介させて頂いている「中村(萬屋)錦之助」です。嘉葎雄の男兄弟他には4人おり、その一人は現在話題の中村獅童の父もいます。兄の初代・獅童は、残念ながら2008年10月11日に亡くられていますが(79歳没)歌舞伎界を辞めて銀行員となり東映プロデューサーを経て中村獅童事務所社長として弟たちと息子を支えていきました。

現在の中村獅童は嘉葎雄の甥にあたるわけです。甥の獅童は、8歳の頃から歌舞伎界でデビューをしましたが、父親が歌舞伎界から転身したこともあり、歌舞伎界の中では肩身が狭かったようです。小さい頃から苦労して今現在の地位まで登り詰めることが出来た努力家でもあります。

海老蔵や染五郎・松たか子また勘九郎や七之助も親戚!?

市川海老蔵もまた、中村嘉葎雄の遠い親戚の一人です。家系図でわかるようにたくさんの名俳優や女優を生み出した祖父の三代目中村歌六は、現在の歌舞伎界のレジェンドでもあり、こんにちの芸能界を支えている生みの親でもあるのではないでしょうか?市川海老蔵はまた女性関係もまた話題が豊富です。そんな話題を詳しくまとめてありますので是非ご覧ください。

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上部家系図の染五郎は7代目にあたり、2017年10月に「二代目松本白鸚」になったのが松たか子の父の松本幸四郎で、兄の七代目市川染五郎が「十代目松本幸四郎」に、その息子が「八代目染五郎」を同時に襲名しました。詳しくは下の家系図をご覧ください。現在の松本幸四郎と松たか子は兄妹です。歌舞伎界では女性は歌舞伎で演じることが出来ないため女優として活躍しています。

松たか子も、実力派女優でもあり、歌手としてヒット曲を生み出していることでも有名です。2019年には、広瀬すずらと共演する『Last Letter』という映画を全国東宝系で公開を予定しています。現在出演すれば大ヒット作品になる人気の女優となりました。松たか子の人気と比例する多くの話題も是非ご覧ください。

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親戚関係にあたる中村獅童!

中村獅童の母親が2013年12月に亡くなった時の告別式の画像です。親戚にあたる中村嘉葎雄が獅童の亡き母の遺影を持っています。位牌を持つ人は喪主である獅童が持ち、ご遺影は故人と血縁の濃い人が持つことになるので、獅童の叔父である嘉葎雄が一番近い親戚となるのでしょう。獅童の父は2008年に他界してます。

中村獅童は実は甥っ子!

中村獅童は、中村嘉葎雄の甥にあたり、父親を2008年に母親を2013年12月と両親を亡くした中村獅童は一人っ子だった為身よりを失う事となりました。中村嘉葎雄は、現在親代わりになっていると推測されます。告別式に寄り添う二人はまるで親子のようでもありました。

中村獅童の父初代中村獅童は中村嘉葎雄の兄だった!

中村獅童の父親は初代の中村獅童であり、中村嘉葎雄の兄です。また中村嘉葎雄の4人の兄達はみなもう既にお亡くなりなられていますので中村嘉葎雄も中村獅童を息子の様に慕っていたそうです。また獅童の母親は、獅童の熱心な“ステージママ”でも有名で、歌舞伎の稽古もつけていたほどで獅童の心痛は深かったことでしょう。

「おふくろがいないと何にもできないんだってことが、今ごろになってわかりました」と言って号泣した

映画や舞台で2人は競演している

そんな中村獅童と中村嘉葎雄は親子のように芸能活動でも師弟関係だと言われ、お互いに刺激合っている関係でもあり、支えあっている関係だとも関係者の中でも話題になっているそうです。二人は映画やドラマでいくつも共演しています。

こんなTVドラマで競演?

中村獅童が最初の結婚のきっかけとなった2004年に放映になった映画「いま。会いにゆきます」で、二人は共演しています。のちの2005年にドラマ化された人気のヒット作品です。竹内結子との共演は中村獅童にとって転機となる作品にもなりました。

「いま。会いにゆきます」に出演した中村嘉葎雄の役は、「巧」扮する中村獅童の勤める司法書士事務所の所長でした。いつも寝てばかりいた所長なのですが、肝心な時に親心で支える姿は涙を誘いました。私生活でも獅童は母親を亡くしてからは、嘉葎雄の住んでいる近くにマンションを購入するなど親の様に慕っているのだそうです。

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結婚していた中村嘉葎雄

家系図を見ると中村嘉葎雄に妻や子供の記載がないのが気になります。中村嘉葎雄は結婚したことがないのでしょうか?子供はいないのでしょうか?調べてみましたので画像と共に見ていきましょう。

1976年2月に芸名を中村賀津雄から中村嘉葎雄に変えて、後の5月に柴田恒子(祐貴子)さんと結婚をしました。柴田恒子は映画「明日をつくる少女」(1958年)に初出演した女優です。1958年と言えば、中村嘉葎雄が映画界に進出した年でもあります。同じ頃に映画界にデビューした若い二人は同期でもあり気があったことでしょう。

結婚していたけど離婚していた

1976年に柴田恒子(祐貴子)と中村嘉葎雄は結婚しました。映画界に身を置き、人気があった名優です。多忙な毎日で家を空ける日が多かったに違いありません。大スターであった兄萬屋錦之助に追いつこうと俳優の勉強をしていた努力家であった中村嘉葎雄です。しかし、1981年10月に祐貴子夫人と協議離婚してしまいます。何があったのでしょう?

離婚の背景は奥さんには歌舞伎の世界が重かった様子!

中村嘉葎雄が祐貴子夫人との離婚会見を開いた時に、離婚後もまだ愛していると語っていたそうです。なぜ離婚に至ったかはわかりませんが中村嘉葎雄の実家は、代々続く歌舞伎界の名門一家です。奥さんとして参加しなくてはならない行事等もこなさなければならないのが歌舞伎界のしきたりです。離婚の背景に歌舞伎界の重圧がのしかかっていたのかも知れません。

中村嘉葎雄に子供はいない!?

そんな中村嘉葎雄には子供がいたのでしょうか?結婚生活は約5年間あったわけですが子供が生まれてもおかしくありません。調べてみましたが子供はいなかったようです。もしかしたら子供が出来なかったのが理由かもしれません。離婚会見に中村嘉葎雄は離婚した柴田恒子(祐貴子)に今でも愛していると伝えています。二人が不仲になったわけではなさそうです。

中村嘉葎雄は現在独身!?

中村嘉葎雄は現在独身を貫いています。ということは、今でも元妻の柴田恒子を忘れずにいるでしょうか?それとも離婚した責任感から結婚できずにいるのでしょうか?いずれにしても中村嘉葎雄は名優でもありますから好意を寄せる人は少なからずいたでしょう。しかし独り身でいるのであれば離婚のショックは中村嘉葎雄にとって大きな存在であったと推測されます。

中村嘉葎雄は中村獅童との親戚関係もあって仲良く活躍中

中村嘉葎雄と中村獅童は、獅童の母親が亡くなった後は特に親しくなっているようで、獅童の新居を中村嘉葎雄の近所に購入したり、今まで母親が道筋をつけてきた”ステージママ”でもありましたので、亡くなった今では中村嘉葎雄が親代わりに相談ものってくれるのだそうです。今の獅童の奥さんとの媒酌人も中村嘉葎雄の世話がなければ決まらなかったそうです。

2018年は80才でなおTV映画などで活躍中!

中村嘉葎雄は今年で80歳になりましたが、そのお顔は自信に満ち溢れ芸風は円熟味をますます増して来ています。NHKBS『鳴門秘帖』(なるとひちょう)では甲賀世阿弥役で真実味を出すため泥水を飲んだり雑草を口にしたりと体当たりで演じていました。重厚な演技で博をつけた物語に仕上がったと評されています。現在でも若々しい姿で大活躍をしています。更なる活躍を期待し応援していきましょう。

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