「必殺シリーズ」女優・仁和令子さんが死去!活躍や死因について!

「必殺シリーズ」でその名が広く知れ渡った女優の仁和令子が死去していた事が分かりました。5月から病気が発覚していたそうですが、仁和令子を死去へと追いやったその病気とは一体何だったのでしょうか。ファンの反応も含めてご紹介していきます。

目次

  1. 仁和令子のプロフィール
  2. 仁和令子の死去までの活躍【必殺シリーズで人気に】画像あり
  3. 死因は肝不全?仁和令子の死去までの闘病生活
  4. 仁和令子の死去を受けてファンの反応は?
  5. 仁和令子の死去について まとめ

仁和令子のプロフィール

・愛称:小板 チサコ、小坂 知子、久永 智子(いずれも別名義)
・本名:佐藤 知佐子(旧姓:小坂)
・生年月日:1958年1月17日
・現在年齢:享年60歳
・出身地:大阪府吹田市
・血液型:???
・身長:156㎝ 
・体重:???
・活動内容:女優
・所属グループ:なし
・事務所:西郷エンタープライズ
・家族構成(娘、父、旦那、嫁、兄など):佐藤隆(夫)

まずは仁和令子のプロフィールについて見ていきましょう。仁和令子が芸能界にデビューする事となったきっかけは、スカウトによるものでした。スカウトを受けた仁和令子は、その後芸能人が多く在籍する事で有名な堀越学園に進学をしています。デビュー作となったのは、1974年の「仮面ライダーX」です。この時は、小坂サチ子名義で出演しています。

プロフィールでも記載していますが、仁和令子はいくつか芸名を変えています。小坂サチ子でデビューした仁和令子ですが、その後小坂知子の芸名に変更して活動拠点を関西に映しています。その後は、画像のように「必殺シリーズ」などの時代劇を中心に活躍をする傍ら、学業にも力を入れて活動をしています。その結果、女優としての多忙な活動の中梅花女子大学に入学をします。

しかし、多忙な生活の為か1979年に大学を休学する事を決め女優業に専念するようになります。この時に、仁和令子と言う芸名になっています。

その後、様々なドラマなどで活躍を見せていた仁和令子ですが、1984年にはなんと歌手としてもデビューする事となります。そして、この曲を手掛けた佐藤隆と結婚する事となり、1986年に芸能界を引退する事となります。

2018年7月5日に死去

長らく芸能界を引退していた仁和令子ですが、その間には親の介護などを経験していたようです。その経験を活かして、女優のかわいのどかと共に新たなるジャンルの介護ソングユニット「まねきねこ」を結成し、2017年に芸能界に復活をします。カウンセラーの観点を取り入れた音楽介護療法を提唱しており、全く新しいジャンルのユニットと言う事で注目されています。

施設訪問などで活躍をしており、まさにこれからの活動に注目が集まり始めていましたが、2018年5月14日に病気が発覚してしまい、発覚からわずか2ヶ月ほど経った2018年7月5日に死去となってしまったそうです。仁和令子の死去の知らせは、夫の佐藤隆のFacebookにて2018年8月21日に明かされています。死去の知らせを受け、ファンからも続々と追悼のコメントが寄せられています。

仁和令子の死去までの活躍【必殺シリーズで人気に】画像あり

さて、仁和令子の過去の出演作品について見ていきましょう。仁和令子は数多くの人気作に出演しており、その代表作とも言えるのが人気シリーズの「必殺シリーズ」です。仁和令子が「必殺シリーズ」に出演するようになったのは1977年の「新・必殺仕置人」からです。「新・必殺仕置人」では2話に出演した仁和令子は、その後も「必殺シリーズ」に登場するようになっていきます。

仁和令子は、「必殺シリーズ」10作品に出演し時代劇の顔なじみとなっていきます。「銭形平次」や「水戸黄門」、「暴れん坊将軍」などに出演すると、その仁和令子の着物姿の美しさから多くの男性を虜にしています。仁和令子の画像などを見ると、出演作品から抜き取られた画像がほとんどですが、その画像の多くは着物姿の仁和令子です。

しかし、仁和令子の出演作品は「必殺シリーズ」のような着物姿の時代劇ばかりではありません。「西部警察」などの人気作品にも度々出演しています。また、サスペンスドラマにも引退までの後半には出演しており、その優れた演技力を披露しています。画像のような美貌の持ち主ですが、仁和令子の魅力は画像のような見た目だけでなくその演技力にもあったようです。

また、仁和令子の美貌について少し見ていくと、水着の画像など多くの男性を虜にしていた事が分かるような画像を見つける事も出来ました。スレンダーなのに整ったプロポーション、そしてトレードマークとも言える綺麗な黒髪のロング姿。この美貌は、亡くなる前の復帰後の仁和令子の画像でも変っていない事が分かっています。

死因は肝不全?仁和令子の死去までの闘病生活

さて、そんな輝かしい活躍を見せていた仁和令子は、先ほどご紹介した通り結婚により芸能界を引退しています。しかし、死去の知らせが入る1年ほど前から芸能界に復帰しており今後の活躍が期待されていた最中の死去の知らせとなりました。ここからは、仁和令子の死去について詳しく見ていきましょう。気になる死因は一体何だったのでしょうか。

実は、死因となったのは肝不全と言う病気です。しかも、死因は肝不全でしたが肝不全以外の病気を患っていた事も発覚しています。仁和令子は、2018年5月14日に病院に訪れた際に、なんと末期癌である事が判明して入院する事となっていたのです。死因となったのはこの癌ではありませんが、癌が影響して肝不全になってしまったのではと推測されます。

また、この癌がどこの場所に発症していたのかについては明かされていません。しかし、癌が発見された頃には既に末期の状態となっていたようで、全身にも転移が見られていたそうです。全身に転移が見られていた為に、医師も手の施しようがない状態だったそうです。そして、入院からわずか52日と言う早さで仁和令子は亡くなってしまったのです。

死因は肝不全でしたが、やはり死去に大きく影響していたのはこの癌の存在でしょう。癌は早期発見する事が重要と言われています。仁和令子が入院した際には既に末期だったと言う事で、死去を知らせた夫の佐藤隆も悲しみの色を見せています。ちなみに、訃報欄で死因が肝不全とされている場合のほとんどが実際には癌であるそうです。仁和令子も同様だったのでしょう。

仁和令子の葬儀については、既に近親者のみで行われたそうです。これは、生前の仁和令子からの希望だそうです。先ほどプロフィールに画像でご紹介した通り、仁和令子はかなりの美貌の持ち主です。話によると、そのまま綺麗で安らかな顔だったと明かされています。お別れの会などが開かれるかについては発表されていません。今後発表されるか注目をしていきましょう。

仁和令子の死去を受けてファンの反応は?

さて、仁和令子の死去の知らせを聞いて続々とファンから反応が返って来ています。そのほとんどは、やはり仁和令子の死を悲しむコメントです。60歳で死去は早すぎると言ったコメントや、まだお若いのに残念と言ったコメントが目立ちます。また、仁和令子の活躍していた時代の女優は粋で美しかったなど、当時の仁和令子を振り返るコメントを見せていたファンもいます。

また、ファンの反応の中には癌に対してコメントをする人も見かけました。癌の早期発見についてや、治療についてなどを指摘するコメントもあり、やはり60歳と言う若さで歴史に名を刻んだ女優を亡くしてしまった事への悲しみがあったのではと推測されます。いずれにしても、やはり芸能界に復帰直後の死去の知らせは、多くの人を悲しみに包んでいます。

また、このようなファンの反応に仁和令子の夫である佐藤隆がコメントを返しています。仁和令子の夫によると、まず仁和令子の死去を知らせる事が遅くなってしまった事への謝罪が述べられています。しかし、そのおかげで49日まで本名である「佐藤知佐子」として家族の傍にいれたと感謝の言葉も続けられています。これは、生前の仁和令子の希望に添えた事でしょうか。

そして、たまに仁和令子の事を思い出してファンである皆さんの心の中で生き続ける事を祈っているとコメントを残しています。やはり、60歳と言う若さで歴史に名を刻んだ女優を亡くしてしまった事は悲しい出来事ではありますが、今後も仁和令子の出演した作品は語り継がれていく事でしょう。それほど、仁和令子は美貌と才能を兼ね備えた女優だったのです。

仁和令子の死去について まとめ

さて、仁和令子の死去について過去の出演作品から死因など詳しく見てきましたが、死因は肝不全で亡くなっていた事が分かりました。癌が早期発見できなかった事には悔やまれますが、今後も女優としての仁和令子の名前や出演作品は語り継がれていく事でしょう。仁和令子の過去の活躍を讃えると共に、ご冥福をお祈り申し上げます。

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