羽生善治の学歴と経歴まとめ!出身中学や高校・兄弟が東大生の噂についても調査

将棋界のレジェンドである羽生善治の学歴と経歴をまとめてみました。羽生善治の出身中学や高校・兄弟が東大生の学歴があるという噂についても調査してまいります。羽生善治の中学生・高校生の画像も集めましたので経歴と共に見ていきましょう。

目次

  1. 羽生善治のプロフィール
  2. 羽生善治の中学卒業までの学歴まとめ!
  3. 羽生善治学歴まとめ!出身高校は?
  4. 羽生善治の学歴まとめ!出身大学は?
  5. 羽生善治の兄弟の学歴は?
  6. 羽生善治の最終学歴は高卒だった!

羽生善治のプロフィール

・愛称:鬼畜眼鏡、うさぎおじさん、将棋星人、将棋の強いおっさん、史上最高のオールラウンダー
・本名:羽生善治(はぶ よしはる)
・生年月日:1970年9月27日
・現在年齢:47歳
・出身地:埼玉県所沢市⇒東京都八王子市
・血液型:AB型
・身長:172cm
・体重:60kg
・活動内容:日本の将棋棋士
・所属グループ:師匠・二上達也九段(故)
・事務所:日本将棋連盟
・家族構成:妻(嫁)羽生理恵(旧姓・畠田)、長女・舞花、次女・桃花、従弟・ハブサービス(本名:羽生幸次郎)、父・政治、母・ハツ、妹・百合子

羽生善治と言えば将棋界ので最年少記録を次々に更新していったレジェンドでもあり、先日国民栄誉賞を受賞し話題にもなりました。そんな羽生善治の兄弟の学歴が東大生なのではと噂になっています。

将棋のプロになるには、東大生くらいの頭の回転が早くないとプロ棋士にはなれません。ましてや羽生善治は誰も成しえなかった7冠達成も果たしました。将棋界のトップ棋士である羽生善治は趣味でチェスもやっていて、海外遠征に行くほど強いのだそうです。

将棋の西洋版と言われるチェスなので、何手も先を読む頭脳の持ち主の羽生善治にとっては、ルールを把握するだけで強くなるのも伺えます。羽生善治の頭脳の良さを検証すべく羽生善治の経歴から学歴、兄が東大生という噂の真相を画像と共に見ていきましょう。

羽生善治の経歴

羽生善治の将棋のプロになったのは、中学生の頃です。最近では藤井聡太が中学生でプロ棋士になった事で話題になりましたが、羽生善治も中学生でプロになりました。当時は将棋界始まって以来3人目の快挙でした。

今まで中学生でプロ棋士になったのは、テレビで最近タレントとして活躍している加藤一二三(ひふみん)と現役の谷川浩司、渡辺明です。藤井聡太を含めると現在までに中学生でプロ入りしたのは5人しかいないそうです。羽生善治は棋士としての華麗な経歴で国民栄誉賞を受賞しました。7冠というタイトルを7個優勝して勝ち取る事で、将棋界始まって以来の快挙を成し遂げた人でもあります。

羽生善治の7冠達成というのは「王将・王位・王座・棋聖・棋王・名人・竜王」の7個のタイトルを奪取した事です。タイトル争奪戦にすべて優勝しないと達成は出来ません。将棋で勝ち進む経歴はエイリアン、将棋星人と呼ばれ、頭の構造が違うのではないかと言われたほどです。

私生活では、元アイドルでもあり女優であった畠田理恵と結婚し、二人の娘を授かりました。娘たちも羽生善治の頭脳を引き継いでいるようで、慶応の医学部に進学しているのだそうです。国民栄誉賞受賞に伴い、皇居で行われる春の園遊会に羽生善治の妻と長女が同席し、畠田理恵の変わらぬ若さと美しさで周囲は和んだようでした。

羽生善治の妻畠田理恵はTwitterをやっていて、若い頃、阿部寛と羽生善治が似ていると言われた事もあった事を告白しています。羽生善治の頭脳に関するエピソードは、将棋で1000手先を読むにはどの位時間がかかるか雑誌の記者に尋ねられた時に30分から1時間で解析出来ると言ったそうです。通常の人で、先を読むには4手先までと言われていますのでPC並みの解析力と言われています。

羽生善治の中学卒業までの学歴まとめ!

PC並みの頭脳を持っている羽生善治の学歴を探っていきましょう。どんな出身校に通いどんな教育を受ければこのように頭が良くなるか興味のある方は少なくないようです。ネットでは、羽生善治の出身校や学歴を調べる人の声が数多く掲載されています。では幼いころからの羽生善治の経歴を見ていきましょう。

八王子市立元木小学校を卒業

地元の八王子市立元木小学校出身です。将棋との出会いは一年生の頃です。お友達と将棋で遊んだ事がきっかけです。興味を持ちのめり込んだ羽生善治を見た母は将棋クラブに入門させました。学校の成績はいたって普通の成績だったようです。大会で負けるのが悔しい負けず嫌いの性格からメキメキ上達しました。2・3年生には自分の打った将棋を再現できるまでになっていました。覚えるのも早いようです。

小学生5年生になるころには、プロ養成のための「新進棋士奨励会」という略して奨励会に入ることを勧められます。この奨励会に入るには、プロ棋士の推薦が無いと入れません。選ばれた人しか入れないのです。羽生善治は試験も突破し、驚異的な速度で昇段し小学生名人にもなりました。将棋をした回数は数えられないほどで、勝ちたいという気持ちがあれば体と脳が自然と覚えてきたと後に語っています。

羽生善治と茂木健一郎による特別対談授業が足立区竹の塚小学校で2009年12月14日に行われた時には、羽生善治は小学生の頃は勝ちたい気持ちで何度も繰り返し将棋をしたことで、勝手に覚えられたと語っています。好きな事であれば、小学生の頃は数をこなし反復する事で脳も発達して動くようになるそうで脳科学者である茂木健一郎も脳の発達には将棋をすると良いと語っていました。

小学校の担任の先生は、活躍した羽生善治の姿を見てびっくりしたそうです。学校では大人しく勉強もできる子ではなかったし、羽生善治の育った八王子は山や川など自然が多いところなので、野球やサッカーなど子供らしい遊びもしていたそうで、プロ棋士として成長した羽生善治と小学生の頃の印象と想像がつかなかったのです。結果よりプロセスが必要と語る羽生善治は努力家なのでしょう。

八王子市立恩方中学校へ入学

中学は地元の市立恩方中学校出身で入学当時は、奨励会の初段に昇段しました。特に中学生の頃には集中力が高くなり、2日位は集中力を持続できるようになっていたと語っています。小学生の頃に将棋を反復練習した羽生善治は中学で算数は特に成績が伸びたそうです。1985年12月の14歳の頃には13勝4敗の記録を作り4段に昇格すると、奨励会の規定によりプロの道が開かれるようになりました。

中学3年生でプロデビュー

中学生3年生にはプロ棋士となる羽生善治は、将棋界始まって以来3人目の中学生プロ誕生となりました。プロになればもう大人のプロ棋士達と対戦します。勝てば勝つほど対戦回数が増えてきます。中学3年生でプロになるのは良いのですが高校受験が控えています。母親ハツは、将棋のプロになっても普通の子供の様に高校までは行ってほしいという希望を叶えるため高校受験を決断しました。

羽生善治学歴まとめ!出身高校は?

羽生善治は小さい頃から将棋を反復した経験は、記憶力が高まるほど脳が発達し、今では1000手先まで頭の中で計算できるようになり、その中から最適な1手を選択し決断する能力も備わったと言っています。集中力も高まることが出来て、将棋ばかりしていて学校の勉強は中位でしたが、高校受験の勉強は将棋のおかげで集中して取り組め多忙の中進学することが出来たそうです。

都立の中堅校富士森高校へ入学

高校は都立富士森高校出身です。推薦とかではなく一般の受験で合格したのだそうです。偏差値は53位で中堅クラスだそうです。昔から「学力無用」論があった将棋界ですから、将棋界の先輩たちからは高校には行かなくても良いと言われたそうですが、母親のハツから人並みに高校へ行ってほしい気持ちを聞き高校進学と、将棋のプロとしての二足のわらじを履くことになりました。

年間80局の対局で学校を欠席

将棋の対局という大会はトーナメント制が多く、勝ち進めばその分対戦数が多くなっていきます。一日に9時間も10時間も対戦するのですから、学校は休まなければなりません。羽生善治は1986年には、勝率一位賞と将棋大賞の新人賞を受賞し勝ち進む経歴を作っていますので、年間80局もの対戦をしなければなりませんでした。当然学校も月平均10日ほどは休まなければならず出席日数が足りません。

出席日数が足りず通信制へ転校

羽生善治は持ち前の集中力と記録力で、試験など勉強は出来ていたそうですが、欠勤は都立の高校では許されません。私立高校では対戦日の分も出席したことにしてくれるのだそうですが羽生善治の通っていた高校では卒業させてくれませんでした。そこで通信制の都立上野学校に転入し、見事卒業出来ました。都立上野学校出身者で40人も東大生になった実力もある自由な校風のようです。

羽生善治が高校出身者であることによって、中学生棋士となった藤井聡太も進学とプロ棋士の両方の道を選んだそうです。学業も並行して将棋の世界で生きるには高校の協力も必要であることもわかり、学生棋士の礎を築いた経歴もある羽生善治です。のちに羽生善治は休んでばかりいた高校時代は良い生徒とは言えなかったと語っています。しかし、プロ棋士として偉業を成し遂げた経歴は立派です。

羽生善治の学歴まとめ!出身大学は?

通信制高校出身の羽生善治の同級生は、同じ年代だけではなく、社会人やおじいさんもいたそうで、いつでも勉強したければ出来る事を知ったそうです。進学や退学したことで罪悪感を持たない事が必要だとのちに羽生善治は語っています。無事に卒業できた羽生善治は大学に進学したのでしょうか?調べてみました。

羽生善治は大学に進学しなかった

羽生善治は高校を卒業してから将棋一本にするべく大学への進学はしませんでした。17歳2か月で天王戦優勝し18歳には最優秀棋士賞、19歳2か月竜王戦で優勝、20歳には棋王戦で優勝、22歳には王座戦で優勝するなど次から次へと対戦に優勝し、タイトルを奪取する経歴です。日本各地に対戦はあり遠征することも多かったようです始発の電車で向かい、終電で帰ってくる事もよくあったそうです。

時間的に大学へ通う時間がない?

羽生善治はこの頃勝敗29勝2敗だったので、ほとんどが勝ち進んでいたため、大学に通う時間がほとんどありませんでした。プロ棋士は対戦だけではありません。愛好者の集まりや企業内サークルなどで指導したり、講演会やCM、雑誌の取材などにも対応しなければなりません。母親ハツは子供の頃から好きだった将棋の世界で生きていけて喜んでると共に高校進学させなければ良かったと後悔しています。

高校2年から既に活躍し始めていた

善治には、好きなことを好きなだけやらしてあげるべきだったかもしれません。

羽生善治は高校2年生頃から大活躍し、大阪で対局があったとき終電がなくなる夜遅くまでかかり、授業に出るため始発で東京まで帰ってきて、そのまま学校に通うこともあったそうで、学校との両立は困難を極めたそうです。しかし、父親の政治は、好きな事を仕事にもてない人が多い中、息子は好きな事を見つけ、それを仕事にしているのだから幸せであると述べていますから息子思いの両親です。

羽生善治の兄弟の学歴は?

羽生善治の兄弟の学歴が東大生であるという噂の真相に迫ってまいりましょう。羽生善治の家族は、父、母、妹の四人家族と公表されています。兄はどうしたのでしょうか?そうすると兄の学歴が東大生である噂はガセネタなのでしょう。なぜ兄がいて、しかも東大生といった学歴まで噂されるのでしょう?調査してみましたので画像と共に見ていきましょう。

羽生善治は二人兄弟の兄で妹がいる

羽生善治は二人兄妹の兄で、百合子という妹がいることがわかりました。兄弟というのはガセネタだったようです。ではなぜ兄がいることになったのか定かではありませんが、羽生善治が兄であるところを「兄がいる」になってしまったようです。将棋界では、あまり家族の事や私生活のことを芸能人のように明かすことはありませんので、ベールに包まれた業界に噂だけが一人で歩きだしていたようです。

兄の学歴は東大生との噂

自分は棋士になったのは頭が良いから、兄弟たちは東大生になったのは頭が悪いから

羽生善治の兄弟の兄が東大生の学歴をお持ちなのは、ガセネタであることは明らかになりましたが、どこから兄弟に東大生という言葉がついてきたかといいますと、将棋8段の米長邦雄が上記の発言が原因のようです。なぜか羽生善治は東大生の学歴を持っている兄弟がいると嘘の噂が広がったのだと推測されます。将棋界の有名な棋士はみんな兄が東大生の学歴を持っている噂があるようです。

羽生善治に兄はおらず事実ではない

調査の結果、羽生善治の兄はいなく、兄弟が東大生の学歴を持っているというのもガセネタです。羽生善治は頭が良くなければ将棋界で偉業を成し遂げることは出来ませんし、1000手先を読むというシミレーション能力が高く、導き出された結果を決断して遂行していくことが出来るわけです。しかし同じように能力の高い棋士もいるでしょうからその中で勝ち抜くには並外れた能力が必要です。

現在の羽生善治は、子供たちに幼少期の過ごし方によって脳の成長の仕方が違う事を継承する活動もしています。反復して継続する事が大切で、反復力は記憶力にもつながってくるそうです。自らの両親が興味を持ったことに協力しそっと見守ってくれたことで今日の自分がいるのと語り、結果より好きな事を夢を持って持続することの大切さを伝えています。

羽生善治の最終学歴は高卒だった!

羽生善治の最終学歴は高卒で兄弟もいなく妹がいました。学業の成績も中位だったことがわかりましたが、先を読む力が高くその回転速度は、並大抵のものではない事がわかりました。今まで色々な記録を塗り替え、国民栄誉賞まで受賞する頭脳は宇宙人のようだと言われるのも納得ではないでしょうか?羽生善治の今後の活躍に将棋だけではなく人として目が離せません。

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羽生善治の年収は7億越え?獲得賞金や対局料・成績についても調査 | Luupy[ルーピー]
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